03

じっとあたしを見下ろすその目に、
いろんな色が見え隠れしてた。

熱くて熱くて蕩けてしまいそうで、
そうかと思えば背筋が凍るほど冷めた瞳。

触れたいと思って伸ばした手のひら。
伝わる温度は、あたしと同じ。


どうしようもなく、愛しいと思ったんだ。



















「太刀川さん、ほんとにあたしが来ちゃっても良かったんですか?」
「あれ?おまえ酒飲めなかったか?」
「いや飲めるか飲めないかじゃなくて!メンツの話し!」
「あ、そっち。別に構わないだろ。同じ職場の人間だと思えば」

その同じ職場の人間が、あたしからすれば係長や課長クラス、もしかしたらそれ以上に値する人達の集まりだって、この人は自覚あるんだろうか。訓練生から上がってまだ日も浅いぺーぺーが来ていい場所ではないと思う。

駅で待ち合わせた太刀川さんに連れられて、ボーダー御用達の居酒屋の前。ついさっき聞かされた今日の飲み会のメンバーに、アウェイ感が半端ない。暖簾をくぐれば店員の気持ちいいぐらい明るい声に迎えられたけど、早々に帰りたい気分だ。

「お、やっと来たな。おせーぞ太刀川」
「すんません。コイツの用意に時間かかってたもんで」
「こ、んばんは」
「この子が噂の花衣ちゃんか?お前の秘蔵っ子」

決して広くはない、こじんまりとした店内。店の入り口からちょうどどんつきの小上がりの一角。既に飲み始めていた諏訪さんが、生ビールのジョッキを片手に太刀川さんとあたしを交互に見た。隣には風間さん。その向かいに座っているのは加古さん。3人の視線が諏訪さんの一言で一気にあたしに集中。

ダメだ。
こういうのほんと苦手。
すごい痛い。
って、時間に遅れたのは太刀川さんなのに、なにしれっとあたしのせいにしてんだこの人は。

「花衣ちゃん?って言うのね。ここ、座ったら?」
「は、はい。失礼します」
「望月なに飲む?」
「あー、じゃあウーロン茶で」
「おい!来て早々なんでウーロン茶なんだよ!」
「え、いや、あの」
「何おまえ、飲めねぇのか?」
「諏訪、望月はまだ未成年だ」
「未成年でもこういう場じゃ無礼講だろんなもん。お前はいちいち硬ぇんだよ」

バカみたいに立ち尽くしてるあたしに、自分の隣をぽんぽん叩いてくれた加古さん。言われるがままに座って、店員を呼んだ太刀川さんにアルコール以外を注文すれば、テーブルから身を乗り出す勢いで諏訪さんのダメ出し。それを挺してくれた風間さんが神に見えた。

飲めないわけじゃない。
飲んだらマズい年齢なだけで。

それこそゼミの飲み会はそんなのお構いなしでがんがん飲まされて、それでもけろっとしてるあたしはそこそこに強いほうだと思う。

でも初対面が2人。しかも相手はボーダー内じゃ知名度も高い。加えて顔見知りって言っても、ちゃんと話したのはついこないだ、初任務の時に二言三言交わしただけの風間さん。何度も言うけどアウェイ感が半端ないのに、そんな空間で酒でも飲んでみなさいよ。緊張しすぎて酔の回りも早くなって確実に潰れる。気心の知れた太刀川さんだけならまだしも。このメンツの前で醜態を晒して介抱までさせてるイメージを想像したらぞっとした。

そんな心情を余所に、だれかれ構わず介抱させるのがウチのアホ師匠だと、なぜ思い出さなかったんだあたしは。この人とは腐るほど飲みに行ってんのに。

緊張しすぎて周りが見えてなくて、やっと馴染んできた頃に意識を太刀川さんに向けたらそのままフリーズした。

あれから数時間。
顔色こそほのかに赤みが増したぐらいで、ふらつく様子もない。呂律もしっかりしてるし、ぱっと見はごくごく普通。でも目は据わってる。そして発言も素のこの人より更に輪をかけて際どい。

「おい太刀川、最近どうなんだよお前」
「どうって?」
「あっちの方だよ。相変わらずよろしくやってんのか?」
「あー、最近はご無沙汰だな。そろそろ干からびちまうかも」

男の人の酒のアテには定番っちゃ定番。女がどうの、セックスがどうの。引っかけた相手が清楚系のわりに凄いエロかっただの、寄ってくる女はケバい奴しかいないだの、しまいには女子の下着の好みまで討論する始末。太刀川さんも大概だけど、紐Tバックに絶賛する諏訪さんも諏訪さんだ。それを横目で、まるで自分とは違う生き物を見ているような風間さんの眉間には皺が増えた気がする。下ネタはいつものことだからいいけど、お願いだから潰れないでね太刀川さん。

「ねぇ、花衣ちゃんはそういう相手いないの?」
「へ?」
「彼氏よ彼氏」
「彼氏、……は、いませんよ」

あ、やば。
このゆるゆるの空気にほだされて、緊張感も薄れてつい口が滑った。投げてきた隣の加古さんを見れば、元々端整な顔立ちの口角が、これまた綺麗に持ち上がって。詳しく聞かせなさいよとばかりに、体ごとあたしに向き直る。

「へぇ、彼氏、は、いないのね」
「は、い」
「じゃあ好きな人はいるんだ?」
「えーっと、」

長くて艶のある明るい髪を、耳にかける仕草が色っぽい。それに座った時から思ってた。この人すごい良い匂いがする。切れ長の瞳で見つめられて、どうなの?とでも言うように。

こんな綺麗な人に言い寄られると、大抵の男はイチコロだよな。女のあたしでも好きになりそうな雰囲気を醸し出す加古さんを、ただただ見つめ返すことしかできないでいると、そんな空気に切り込みを入れたのは太刀川さん。

女子トークにずけずけと入ってくるあたり、やっぱ相当酔ってるなこの人。

「コイツの好きなヤツ?そんなもん俺に決まってるだろ」
「はいはい、太刀川くんは黙っててね。今大事な話ししてるんだから」
「おい望月、お前も言ってやれ。太刀川さんが好きなんですって」
「その意味不明な自信はどこから来るんですか。なんでそう思えるのかほんっと不思議なんですけど」
「お前の愛情はちゃんと伝わってる。だから大丈夫だ、自信持って好きだって言っていいんだぞ?」
「太刀川くんの頭は大丈夫じゃなさそうね」
「ほんとそれですよね」

あたしの背後で、首すじのあたりから顔だけ出して割り込むこの人の表情はずっと緩みっぱなし。ヘラヘラ笑ってからかってるんだろうけど、良いところを持ってかれた加古さんは本気で嫌そうな顔してるって、気づいてないのかな。

いや、気づいてても動じてないだけか。
この人はそういう人だった。

神聖な女子トークを邪魔しないでとか、いいだろ俺も混ぜろよとか、どっちも譲らない攻防を尻目に、3杯目のウーロン茶を飲み干した。

「あれ?なんか鳴ってない?」
「ん?」
「お前のじゃねーの?」
「え、あたし?」

風間さんと諏訪さんが何やら真剣な顔つきで話し込んで、太刀川さんと加古さんはまだまだ終わらないやり取り。他の客の声も混じった騒がしい店内で、決して小さくはない端末の音を拾ってくれたのは加古さん。鞄の中のそれを取り出して確認すれば、どうしたってこの場で取っちゃいけない相手。無表情で受け答えができる自信のない相手だった。

「すみません、ちょっと出てきます」
「あら?あらら?花衣ちゃんもしかして」
「なんだよアイツ、俺がいるのに浮気かよ」
「太刀川くんが弟子を溺愛してるのはもう十分わかったから」

2人のそんな会話を背中で受けて、切れちゃう前にと慌てて店の外へ出た。

「もしもし?」
「花衣?今大丈夫か?」
「うん、どしたの?」
「いや、別にどうもしねぇんだけどさ」
「うん」
「昨日のあれ、死ぬほどウマかった」
「シフォンケーキ?」
「そーそー。それだけ言いたくて」

店先の暖簾の下、人の出入りの邪魔にならない場所で、端末の向こうから聞こえた蓮の声。急用なのかと思ったら、なんて事ない。美味しかった。それだけ伝えたかったと。

わざわざあたしに?
そんな短い言葉、メッセージでも良かったのに。

喜んでもらえたらいいなと思って勝手にしたことに、逆に喜ばされてしまう。胸の奥があったかくなるこの感覚はきっと、嬉しくて堪らないからだ。

「飲み会だろ?邪魔して悪ィ。じゃあな」
「蓮」
「ん?」
「もう、その、……仕事は終わったの?」

咄嗟に繋げた、ありふれた会話はこのまま切りたくないと思ったから。もう少しだけ彼の声を聞いていたい。そんな気持ちがダダ漏れだったのか、蓮がふっと笑ったような気がした。

「そこそこいい時間だぞ?とっくに終わって今コンビニ行ってたとこ」
「そっか。寒いから、風邪引かないようにね」
「花衣も外だろ?」
「うん、店の中じゃ騒がしくて話せないでしょ?」
「戻らなくていいのかよ」
「んー、どうだろ、分かんない。このまま帰っちゃおうかな」

はは、なんだそれ。今度こそちゃんと聞こえた蓮の笑い声に、だってホントのことなんて恥ずかしくて言えない。繋がったら切りたくなくなって、声を聞いたら会いたくなる。

蓮の声は、ふわふわと気持ちよくて、それでいて安心するんだ。


その声で、



「花衣」



今みたいに名前を呼ばれたら、心臓がどきどきして嬉しくて。





ああ、なんだ。


そっか。

















あたしは蓮のことが好きなんだって。






初めてちゃんと自覚した。

得も言わぬ不安や恐怖の正体はこれだった。



味わったことのない、甘い甘い感情。

落ちる時って、こんなにあっけないんだ。
なにもないのに、こんなに簡単に好きが湧いてくるんだ。

「れ、」
「おいこら望月。いつまでちんたら話してんだお前は」
「ええ!?ちょ、っと!太刀川さん!?」

あたしを呼ぶ蓮に応えたくて口を開くと、店の扉も同時に開いた。出たきた知ってる顔は、よく見るとぐでんぐでん。

「蓮ごめん!また後でれんら、太刀川さん!ちょ、重い!もたれないで下さいってば!」
「まだ浮気中か?」
「はぁ?訳分かんないこと言わないで!」

外に出る前はこんなんじゃなかった。この数十分の間にどんだけ飲んだんだこの人。フラフラと近寄ってきた太刀川さんが、突然あたしの肩に腕を回して、一回りも二回りも大きいその体の全体重を委ねてこられたら、さすがに女のあたしの力じゃ敵わない。

必死に支えながら抗議の言葉を投げつけるも、意味不明な返事が返ってきて、首すじに埋まる太刀川さんの頭をはっ倒したくなりそうだった。

「大丈夫か?」
「ごめん、ホントごめん、後で連絡するから」
「わかった。じゃあな」

思わぬ形で切られた電話に、切らないといけない状況を作った太刀川さんを、恨んだところでなんの効果もない。それよりも、じりじりとのしかかる重さをどうにかしたくて、半分だけ開いていた扉の向こうに視線を飛ばした。

「す、諏訪さん!!」
「………あ?っておま、何やってんだおい!」
「も、むり!早く!!」
「ちょ、ちょっと待て今行くから!あと少し耐えろ!」

不幸中の幸い。
たまたま閉め損ねた扉の突き当たり、座ってた諏訪さんとがっつり目が合って、腹の底から絞り出した声はちゃんと奥まで届いてくれた。

慌てて駆けつけた諏訪さんのおかげで、間一髪、後ろにひっくり返らずに済んだけど、あともう少し遅かったらあたしは確実にこの硬いコンクリートの上で、太刀川さん共々大惨事だ。

諏訪さんに抱えられて、もはや意識もほとんどないこの男。ホントどうしてやろうか。
とりあえずは力任せに、だらしなくへばってるその背中を叩いてやれば、乾いた音が空気に溶けた。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -