05

「ねぇ駿くん、太刀川さん見なかった?」
「え、見てないよ?」

本部に着いて同じフレーズを口にすることこれで3回目。作戦室を覗いてみても、出水くんと唯我くんに聞いてみても見つからないから、絶対ここだと模擬戦ブースのフロアまで足を運んだのに。見つけたのは太刀川さんじゃなくて、駿くんだった。片っ端から探してやろうかとも思ったけど、迷子になるのは火を見るよりも明らかだとやめた。呼びつけておいて、どこ行っちゃったの。

「ねえねえ花衣ちゃん、今ヒマ?」
「今?んー、ヒマと言えば、ヒマ?かな」
「じゃあさ、ちょっとだけブース入ってくんない?面白いの見つけてさ」

相変わらずのきらきら笑顔。期待するようなそんな目で見つめられたら断れない。

この子は自分のことをよく知ってるんだろうな。どんな顔をしてどんな風に詰め寄れば、欲しい答えがもらえるのかをちゃんと分かってる。それでいて、策はあっても嫌味がないからつい乗せられたフリをしてしまうんだ。可愛いなぁ。

「わかった、いいよ」

どうせそのつもりだったし、太刀川さんいないしちょうど換装もしてるし。ブースに入る直前、ちらりと見えた駿くんの横顔、それはそれは嬉しそうに口角が上がっていた。










「うわ、なにこれすごい」
「でしょでしょ?ちょー面白いんだよこれ」
「でもなんか、バランス取るの難し、うわぁ!?」
「ははっ、花衣ちゃん大丈夫ー?」

仮想空間、市街地を模した道の真ん中。やり合うでもなく、きゃっきゃと声を出しながら遊ぶ、中学生と大学生の図。他から見れば、アホ二人。だけど当の本人たちは至って真面目だ。

「今めっちゃ跳んだね」
「ちょっと怖かった」

手のひらより少し大きいサイズの、四角い踏み台。
トランポリンみたいな要領のそれを、加減も分からず踏み込めば、すごい勢いで吹っ飛ばされた。
体勢を崩したあたしはそのまま地面にお尻を強打。
腕を引き上げて立たせてくれた駿くんは爆笑。
笑われてるのはあたしなのに、なんでかつられて笑ってしまう。

「でもこれ、上手く使いこなせればなかなか優秀な代物だよね」
「花衣ちゃんもそう思う?ちょっと練習してみようかなと思ってさ」
「うん、いいと思う」

グラスホッパー。確かオプショントリガーの一つだったはず。空中でも任意の位置であれば固定できるし、加速もつく。すばしっこい駿くんにはぴったりだ。

「花衣ちゃんも合ってると思うんだよねー、これ」
「あたしも?」

こないだの訓練の時の花衣ちゃんの動き見てたら、オレと似たような感じだったしって、あっけらかんとそんなこと言うけど、身のこなしも俊敏さも断然劣ってるよ、駿くんよりも。

今だってほら、いくつも起動させた板を散りばめて、ずーっと上の方へと、けっこうな速さで上がってくそんなスゴ技、あたしが習得するのにいったい何日かかるんだろうか。

電信柱のてっぺんまで上ったと思ったら、またすぐに飛び降りて目の前で綺麗に着地できるのは、トリオン体がなせる技だってのもあるけど、もともと身体能力の高い駿くんだからってのもあると思う。


「でもC級だと一種類しかセットできないのが悔しいな」
「確かに。訓練で使えるのは上がってからだね」
「うん、てか遊んでたら怒られそうだから、そろそろ出よっか」

この歳になってまで怒られるのはさすがにちょっと恥ずかしい。どこぞの餅好きなあの人はよく風間さんに怒られるみたいだけど、一緒くたにはなりたくないな。

じゃ、またね。手を振って互いにベイルアウト。戻ってきたベッドの上で、天井を見つめた。凄いなぁ。あんな風にいろいろ研究してるんだな。
駿くんの言った通り、もしあたしにあれが合ってるなら使ってみたいかも。

強みを持つのは先を考えれば自ずと有利になる。太刀川さんは二刀流、風間さんだってあそこはチーム全体でだけどステルスがあるし。

ブースを出てフロアのソファーに沈みながら思考はフル回転。グラスホッパーも、自分が踏むだけじゃなくて、使い方はきっと千差万別。例えば、相手に踏ませるとか、人以外の物質を踏ませれば陽動にもなるか。あとは、フェイクも使えるな。そう考えると一つのトリガーでも複数の使い方ができるのは嬉しい。

「なーに難しい顔してんだよ」

あたしも早速練習してみよ。
駿くんだってきっとすぐに昇格するはず。

「おいこら望月」
「あ、あー、」
「あー、じゃねーし、ぶっ飛んでたぞ」
「頭ん中が踏み台でいっぱいでした」
「踏み台?なに言ってんだ?」
「いえ、こっちの話しです。って、どこ行ってたんですか、探したのに全然見つからないし」
「司令室。緊急招集かかってたんだよ」


あ、そうなんだ、そりゃ見つかんないわ。隣にどかりと腰をおろした太刀川さんの手には缶コーヒーが二本。ほらよ、小さく宙を舞ったそれがあたしの膝に着地した。

それ飲んだら入れよ。模擬戦前の合言葉みたいな太刀川さんの声はいつものことで。だけどどうしてか、今日に限って待てど暮らせどそのお声がかかることがない。隣を見れば、どこか遠くの一点を見つめたままだった。

「太刀川さん」
「ん?」
「風邪でも引きました?」
「なんで」
「なんとなく」

反応はある。
それもそこそこ早い反応が。
顔色も悪くないし、辛そうでもない。

「太刀川さん」
「なに」
「好きな子にでも振られました?」
「いきなり何言ってんの」
「いや、なんとなく?」
「振られてねーし、そんなもんいねーわ」

あれ、おかしいな。
心が傷ついてるんじゃないのか。
じゃあなんだ。
なんでこんな違和感があるんだろ。

「太刀川さん」
「お前はさっきからなんなんだよ、太刀川さん太刀川さんって」
「今日何本いきますか?」
「………あー、」
「あー、じゃねーし」
「真似するな」

あ、今ちょっと緩んだ。
見えないバリアみたいなもので包まれてるような、そんな雰囲気が少しだけ解けた太刀川さんの横顔が柔らかくなって、やっと視線を合わせてくれた表情はもういつもの彼だった。

なんだったんだろ。

「今日はお前が決めていいぞ」
「じゃあ、5本8セットで」
「おいおいえらく強気だな、へばるなよ?」
「太刀川さんこそ。舐めてると足元救われますよ?」
「誰にだよ」
「太刀川さんの可愛い可愛い努力家の弟子にです」
「お、まえ、……それ誰に聞いたんだよ!」
「ないしょ。さて、行きますかね」

踏み込みたいけど踏み込めない。
あたしはまだまだそんな器用じゃない。
例えば彼に、もし何か抱えてるものがあって、それで悩んでいるんだとしても。

話しを聞いてあげるより、大好きな趣味にとことん付き合ってあげた方が、その一時でも楽になれるかなと思ったんだ。









自分から挑発しておいて、参りました、なんて死んでも言いたくなかった。楽しそうに口角を上げてあたしの体を斬り刻む太刀川さんを見ちゃうと尚更。
気を張って素知らぬ顔までして颯爽と本部を出た、

瞬間、一気に押し寄せる疲労感と倦怠感。
今すぐ寝たい、この場で寝たい、道のど真ん中とか関係なくひっくり返りたい。そう思いながら電車に揺られること数十分。やっとのことで最寄り駅。

重い体で夕飯を作る気になれないあたしは、自炊をするという概念を早々に抹消してコンビニに入った。


体を酷使するより頭と神経を使ったほうがよっぽど堪える。普段から滅多と使わない筋肉をいきなり動かせば翌日筋肉痛になるみたいに、宝の持ち腐れよろしくほとんど機能していない頭を急激に回すと同じような現象がおきる、のか?

こんなこと考えるのは、トリガーをひたすら振り回すだけに見えてた模擬戦も、戦略が重要なんだとつくづく思わされたからだ。使って使って使いまくって、それに乗じて動く体でやっとまともにやり合える。体を鍛える術は端末一つでいくらでも見つかるけど、頭を鍛えるのはどうすりゃいいんだよ。

……。
……。

やめた。考えるのめんどくさい、というか今のこの疲弊感マックスな脳で考えたって最善の策が出るとは到底思えない。

コンビニの入り口から1番奥、お弁当を手に取って凝視する姿は端から見ればどれにしようか悩んでるように見えるんだろうけど、胃に入るものなんて正直なんでもいい。適当に取ったそれをカゴに入れて、飲料水の陳列してる方向に視線を投げれば、見たことのあるような顔が映った。

「あ、」
「………あぁ、こんばんは」

先に気づいたのは向こう。無表情すぎて一瞬誰だか分かんなかった。
昼間チョコをくれたあのカフェのウェイターの男の子が、ペットボトルの飲料水を片手に収めて立ってた。

「そこ、邪魔」
「すいません」

近付いて見下ろされて、感情の乗ってない言葉に耳を疑いそうになった。慌てて避けて、昼間の彼とのギャップに頭が付いてかなくて、絶賛プチパニックだ。

あれ、こんな愛想悪かったっけ。声のトーンまで低くなったような気がする。

「なに、なんか用?じろじろ見てんなよ」
「えっと、昼間あそこのカフェで働いてます、よね?」
「だったらなんなんだよ」
「……いえ、なんにもないです」

感じ悪っ。めっちゃ感じ悪っ。なにこの人。あまりの素っ気なさに一瞬違う人なのかと思ったじゃないの。
あたし同様、適当にお弁当を選んでレジに持ってく後ろ姿をただただ唖然と見送った。

仕事とプライベートはきちんと分けるタイプなのか?いや仮にそうだとしても、あの変わりようはどうかと思うよ?媚びの売れない、無愛想なあたしが言うのもあれだけど。
逆にそのあたしですらちょっと引くぐらいオンとオフの切り替えが激しすぎると思うんだけど。ここまでくればギャップと言うより豹変だ。

終わり良ければすべて良し。
1日の最後にいいことがあれば、その日起きた嫌なことなんて何もなかったかのようにふっ飛ぶのはよく知ってる。

終わり悪けりゃそこそこ引きずる。
少なくとも2、3日程度、ずっと悶々するわけじゃないけど、中々に後味は悪い。

帰ろ。こういう時こそしし丸のその愛くるしい姿を早急に見るべきだと、欲しいものをカゴに詰め込んで、レジの前、だれた店員にごはんよりも甘味の割合が極端に多いカゴをどかりと置いてやった。





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