03

慣れとはつくづく恐ろしいなと思う。斬るのも斬られるのも、それを自分の視界に映すことも、もう何の違和感もなくなった。ただ、2号室、記録5秒。アナウンスが流れるこの空間。訓練場のそこかしこから視線がつき刺さるこの嫌な感じ。見られることに対して慣れていないあたしには拷問と同じだ。

太刀川さん達、絶対あたしの異変に気付いて笑ってたんだろうな、腹立つ。

「花衣ちゃん!」
「うわっ!しゅ、しゅんくん!?」
「すっごかった!めっちゃ早かったじゃん!」
「あ、あり、がと」

ブースを出た直後、待ってましたとばかりに前方から走ってきた勢いのまま、タックルもとい、熱い抱擁をけしかけてきた駿くんを間一髪受け止めた。
お腹に手を回してそこそこの力でぎゅうぎゅう締めてくる腕。これ生身だったら肋骨折れるんじゃないの、痛くないから分かんないけど。

眩しい笑顔で凄い凄いと讃えてくれてはいるけど。

「駿くん」
「なにー?」
「そうだね、オレの方が1秒早かったけどね、だもんね?」
「え」

心がダダ漏れですよ。

悪戯心に火が点いたのなんて、いつぶりだろう。
固まったまま冷や汗まで出てくるんじゃないのって顔してあたしを見つめる駿くんに、怒ってもないのに怒った振りして、目を細めた表情をふっと緩めると、疑問符だらけの顔つきに変わった。

「びっくりした?」
「え、え、なんで?」
「んーとね、ここの専門用語で言っちゃうと、サイドエフェクト?かな?」
「花衣ちゃんの?」
「うん、読めちゃうんだよね」

す、すげー!
いいないいなー!

欲しくて仕方のなかった、新しいおもちゃを買って貰って喜んでる時に見せるような。そんな顔して心中を漏らされるとこっちまで緩んでしまう。引かれるか距離を置かれるか、あからさまに気持ち悪がられるか。それしか体験したことのなかったあたしからすれば、こう言う反応ってすごく新鮮ですごく嬉しい。

こんなんでもなんにも変わらない態度や振る舞いを、欲しくて仕方がなかったのはあたしのほうかもしれないな。

「お前らすげーな!」

突然かけられた声にはっとなった。駿くんしか入ってなかった視界を広げてみれば、囲むように人だかりができてて焦る。

気迫と熱気でどんどん歪んでいく自分の顔を、奥歯を噛み締めてどうにか堪えようとするけど、引きつった頬は上手く隠せそうになかった。

視線を彷徨わせて、なかなか定まらないそれが見つけた救世主。普段はダメ男、ここでは鬼。目が合って、自分ではどうにもできないこの状況を、理解したのかただの気まぐれか。

「望月」
「はい」
「昼からも訓練だろ、先にメシ食いに行くぞ」
「はい」

小さくできていた人の輪を割いて、大きな船を出したと思ってる太刀川さんの言葉は、鎮火するどころか火に油。
背中を向けてさっさと行ってしまう彼は、ここでの自分がどういう立場なのかをもっと理解した方がいいと思う。

「あの太刀川さんと知り合いなのか!?」
「すげーなあの人!本物見たの初めてだけどかっけー!」
「貫禄もオーラもはんぱねぇし!」
「めっちゃカッコいい!彼女いるのかな」

前言撤回。救世主なんかじゃない、ただのアホだ。
さっきよりも近い距離と言葉の攻撃で目が回りそう。

隣の駿くんに、ごめん、先行くね、それだけ残して逃げるようにそこからすり抜けた。



訓練場の出入り口、腕を組んで壁に凭れかかる太刀川さんを、露骨に睨みあげれば、なんで怒ってんだみたいな表情を返されて深い深い息が溢れた。

「ほったらかしにして自分だけ先に行くから余計に大変だった」
「あんなもん無視して着いてくりゃいいんだよ」
「そんなスルースキル持ってるわけないでしょ」
「なら早急に身につけろ、あとテキトーに話せる話術もな」

横暴か!
むり言うな!

コミニュケーション能力が人より極端に欠落してるの、知ってるくせに。
なんだってこの人は、口を開いたら馬鹿なことか無理なことしか言わないんだ。頭ん中見てみたいよ、切実に。

「じゃないとお前、チーム組んだら自分が大変な思いするぞ」
「はい?」

迷子になりそうな広大な本部基地。訓練場から食堂に繋がる廊下は、左右にあと3回曲がる。その一つ目を左に曲がった時、聞き捨てならない言葉が、太刀川さんの口から簡単に音になった。

なに?
今なんて言った?

チーム?
なにそれ。

太刀川さんの横顔をこれでもかってぐらい凝視。それに気づいて、あぁ、そういえば言ってなかったな。

この人のこう言う時は、良く知ってる。嫌になるほど知ってる。

忘れてたわ。さらっとそう言ってのける事象ほど重大なものが多いことを。














「ぜっったいイヤです!」
「また出たお前のイヤイヤ期」

抑えたつもりの声は、自分が思ってるより大きく廊下に響いた。話の腰を折っちゃ悪いと思って最後まで聞くに徹した結果、たまった感情が言葉と一緒に出てしまった、それだけのこと。

ていうかイヤイヤ期ってなんだよ。
あたしは赤ちゃんか。

「それ絶対組まなきゃだめなんですか」
「ソロでもいいけど、組んだらランク戦できるしそっちのが楽しいだろ」
「楽しさは求めてない」
「それにどっちみち任務出だすと最初は必然的にどっかの隊にくっついて動くことになるだろうし」
「………」
「毎回ちがうヤツと組んで気ぃ張るより、ずっと同じメンツと腹割るほうが楽だと思うぞ」

正論すぎて言葉も出ない。確かにそうだ。こなしていけばそれなりに見知った関係、にはなるだろうけど、その度に気を揉むのははっきり言ってキツい、かなりキツい。

夏休みの宿題の如く。それならいっそのこと、初めに頑張って後ラクなほうがいいような気もする。

「それってすぐに決めなきゃダメ?」
「いや、別に決まりはない。B級上がってソッコー組むやつもいるし、じっくり見てから決めるやつもいるし、そこは色々だな」
「ちょっとゆっくり考えます」
「まぁでも、お前や緑川なんかはゆっくり考えてられねーと思うけど」
「なんで?」
「そりゃお前、さっきあれだけ目立つようなことしてりゃ、周りが放っておかないだろ」

あー。なるほど。
あたしはともかく、駿くんなんかは才能もあるし若いからまだまだ伸び代だってある。ランク戦にしろ任務にしろ、強い人材を喉から手が出るほど求める行為は当然だよね。

チームかー。
気心の知れた友人でもいれば話しは別なんだろうけど。
そもそもここ以外でも気心の知れた友人、なんて呼べる人、あたしにはいない。
自分で決めて遠ざけてきたのだから、後悔したことはなかった。だけど太刀川さんにせよ迅さんにせよ、国近さんや出水くんや駿くんとも、少しずつ触れ合ってくうちに、もしかしたらそう言うのも悪くないと思った、のか?

分かんない。分かんないけど、彼らと接するのは嫌いじゃない。

「あ、」
「……なんですか」

最後の角を右へ曲がったちょうど同じタイミングで、太刀川さんが何かを思い出したみたいに急に立ち止まるから、なんとなく構えてしまう。

また大事なこと言うの忘れてたとか言ったら、次はどうしてやろうか。じっと見つめられて、重力に従順な彼の両腕が横に伸びた。あたしはと言えば、なにしてるんですか、そんな視線をガンガン飛ばす。

「ほら、こいよ」
「はい?」
「さっき頑張っただろ、戦闘訓練」
「だからなに?」
「だからご褒美の、ハグ?」
「太刀川さん、今日は日曜であれですけど、明日朝イチで病院行って下さいね」

なにやってんのかと思ったら。ご褒美のハグってなんだよ。そんなのいらないから、ご褒美だって言うならこないだ約束した焼肉連れてってよ。
受け止め損ねた太刀川さんは、未だ両手を広げて待ってるけど早々に無視。

ほったらかして歩いてくと、ノリ悪いわー。
じゃあノリでそう言うことできる女の子見つけてそっちでやれっての。

「なんで緑川はよくて俺はだめなんだよ」
「駿くんはまだ子供でしょ、それにあれは事故みたいなもんです、咄嗟だったし」

真顔で聞いてくるあたり、ホント馬鹿だ。
あたしがそう言うの苦手だって分かっててしてくる挑発も、それを無意識でやってるから困る。馬鹿と天然は最強だなと思った。

「あ、」
「もー、なんですかまたですか?」
「迅からの伝言」
「迅さん?」

いい加減ぶっ飛ばしてやりたい。次から次へとこの男はどれだけの情報を小出しにする気だよ。でも忘れないだけまだマシか。いや、きっと頭に入った半分は、遥か彼方に飛んでってるはず。

頭の中でこの人を散々バカにしたのがいけなかったのか、次に口を開いた太刀川さんの言葉は、今まで放ったそのどれよりも、破壊力が抜群だった。

「今日から1週間でB級あがれってよ」

ぶっ飛ばすどころかぶっ飛ばされた。
1発KO、ノックアウト。




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