02
「おつかれさまです」
「……おー、おつかれさん」
任務後のラウンジ、俺が選ぶ缶コーヒーはなんでかいつもくそ熱い。人気がないのか、アホみたいに保温されたそれを買ってすぐ飲みてーのに、これじゃ持つのも困難だ。ソファーに沈んで膝の上に転がしたまま、端末を弄ってりゃ頭上から声。
顔を上げると極めて無表情に近い葉月が目の前にいた。
「さっきはありがとうございました」
「言葉と顔が伴ってねーぞ」
「いつもこんな顔ですから」
「うそつけ」
礼なんて言いたくない、そんな心の声がダダ漏れだっての。
それなのにまたコイツは俺の隣の隣の隣の隣ぐらいに腰を下ろして、手の中のプルタブを引けば炭酸飲料独特の音がラウンジ内を響かせた。嫌なら立ち去りゃいいじゃねーか、変わったヤツだな。
「まだ帰んねーの」
「待ち合わせしてるんで」
「誰と?」
「あなたには関係ないです」
「望月はさっき帰ったから、……なら出水か」
「………」
無言は肯定。
怒りを露わにすごい形相で一瞬だけ俺を見た葉月が端末に指を滑らせる。
大方ここで待っとけって、そう言った相手にでも助けを求めてんだろうよ。
天敵確認、要救助、なんつって。
でも悪いな、これ以上逆燐に触れたくはないが、俺もコーヒーまだ飲んでねんだよ。だからもう少し我慢してくれ、飲み終わったらとっとと消えるから。
「さっき、」
「……ん?」
「なに言おうとしてたんですか」
「俺なんか言ったか?」
「こないだはって」
「…………あー、」
拾わなくていい記憶をこともなげに拾って俺に投げつけるのはあれか、わざとか。独り言のように呟いた小さな声に反応した俺も俺だが、さっきと今じゃ気持ちの持ちようが雲泥の差。不意を突くのは反則で、心の準備ってものがこっちには必要なんだよ。
かと言ってここで逃げれば俺はもう一生コイツに言わせて貰えないかもしれない。
どう捉えようがそれは相手の自由。
別にそこから何かを求めてるわけじゃない。
ただ、正気の戻った思考じゃどうしたって燻っちまう。それはそれは毎日夢に出てきてうなされるぐらいに。
「あんなことして、悪かった」
だからよ
何も反応しなくていい。
死ぬほど嫌いなままでいい。
それでも俺の声だけはその耳に届いてほしいと思っちまったんだ。
「もういいです、………なんて言うと思いますか?」
「思わない」
「謝ったらそりゃ自分だけはすっきりするでしょうね」
そうだな、すっきりしたくて罪悪感の重さから一刻も早く解放されたかったのかもな。
傍に寄って葉月の目の前に立った。
腰を曲げて深々と頭を下げれば、酷く冷めた声に自嘲の笑みが溢れそうになっては奥歯を噛み締める。
慣れないことなどするもんじゃない。
非を認めて自らこうべを垂れるこんな不恰好な姿を晒しちまったから、だから気づかなかった。
葉月の後ろ、突っ立ったまま一際禍々しいオーラを纏う男が俺を見据えていることに。
「なにしてんの」
「……い、ずみ」
その声に肩を震わせた葉月が勢いよく振り返った。どんな顔してんのかは俺からじゃ見えないが、見なくたって容易く想像できる。
不機嫌極まりないツラで見下げた出水に、固まったまま息をすることさえ忘れてんじゃねーかって。猫目の鋭い視線がコイツから外されれば次は俺だ。
「入り口で米屋待ってっから、お前先行ってろ」
「出水は、」
「後で追っかける」
「でも、」
「いいから」
「………わか、った」
無理やり葉月をはけさせたコイツは何かに気づいてるってことに、薄々気づいてた。
いつ振ってくるだろうと構えてはいたが、思ったよりも遅かったな。
気を伺っていたのか、その場の勢いか、威嚇するような表情で近づく距離は目と鼻の先。
露骨に敵意を剥き出しにしたそんな表情、俺に向けるのはこれが初めてだ。
「あんたの気まぐれでアイツをおもちゃにすんならおれが黙っちゃいませんから」
「どういう意味だよ」
「まんまの意味っすよ」
「まどろっこしい言い方しねーで、はっきり言ったらどうだ?」
コイツは年上に対して物怖じと言うものをしない。見てくれと同年代の野郎共と騒ぐ姿だけ見てりゃ、ただのバカにしか映らない出水の思考はいつだって怖いくらいに冷静だ。
そんな奴がここまで感情を出して突っかかってくるってことは、そういうこと。
んでまたまた後から気づくんだよ俺は。
葉月だけじゃない。
コイツのことも知らないうちに傷つけてたんだと。
けどよ
「口にすらしたくねぇよ」
「なら黙ってろよ、お前には関係ないだろ」
「大ありだっつの。アイツはおれの大事なとも、」
「だち以上に思ってるからか?」
これは当事者同士の問題。
いくらお前がアイツを好きだからってぬけぬけと首を突っ込んでいいわけじゃないだろ。お前に責め立てられる義理なんざどこにもない。
どこかでそう思っていたから、こんな挑発めいた言葉が出てきたんだろうなと、他人事のようにそう思った。
「今後一切、葉月には近づかないで下さい」
「お前がんなこと言わなくてもアイツから俺を避けるさ、心配すんなって」
「次もしなんかありゃ、おれはあんたを本気でぼこぼこにしますから」
「そんときゃ換装して待ってるわ」
ナメてんのかこいつ。
そんな表情で俺から一切視線を外さない出水は確かに男の顔をしてた。
冗談も通じない、ぴくりとも口角を上げない。
なんだよ、お前そんなつまらねーやつだったか?
自分の言いたいことだけ捲し立てて去ってく出水の背中に、心ん中で言ってやった。
だれがあんなちんちくりんに近づくかよ馬鹿野郎と。
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