03

無理だ。ホント無理、まじで無理。なにこれ、こんな事してんの?え、これがここの日常なの?いや、無理だから、絶対ムリだから。ていうかもう帰りたい。無理無理ムリむり。



「#NAME1#ちゃん、はいこれ」
「……ありがとう、ございます」
「あれ、気分悪い?顔あおいけど大丈夫?」
「大丈夫です」

嘘だ。全然大丈夫じゃない。昨日の夜、太刀川さんから連絡が入って、今日大学で落ち合う予定を急に入れてきたから、きっとボーダー関連だろうなと思って二つ返事で了承したけど。その時になぜ聞かなかったんだあたし。そしたらそこで逃げることもできただろうに。

いやムリか。そもそもが全く把握できてないのに、そっち側の言葉を並べ立てられてもちんぷんかんぷんだよ。

大画面に映る、それ、を直視できない視線は、観覧者用に列をなして並べられた1つ前の椅子で静止。いつ終わるの、早く終わってほしい。そんな願いも虚しく既に1時間以上。

そろそろ色々限界だと額の汗を指先で拭ったタイミングで、一緒に見ていた迅さんが席を立って、次に帰ってきた時には右手に持ってたペットボトルの水を、もう喋るのもきついあたしに差し出してくれた。

それもこれも、直視できないモニターのおかげ。だってまさかこんな。ランク戦とやらが残虐非道な斬り合いだと思わなかった。いくら仮の体だとしても見れたもんじゃない。ぶしゃって!ぶちって!あ、無理。音すら無理。何かが斬られた、その何かを想像したあたしの頭のスイッチを、それこそ切ってやりたいよ。

「やっぱだめかー」
「う、ん?だめ?」
「花衣ちゃん、ちょっと着いてきて」
「はい」

独り言にしては大きすぎる声でそう溢した迅さんが2度目に席を立ったから、背中を追ってロビーに出た。
窓際のソファーを指さして、ここ座ってて、言いながら少しだけ窓を透かしてくれる。
空調機の、もわっとした独特な温度が中和され、徐々に冷たい空気に入れ替わるのが今のあたしの体にはかなり有り難かった。

「あのままあそこにいたら目ぇ回してぶっ倒れる花衣ちゃんが視えた」
「ごめんなさい、ああいうの、ほんと無理で」
「けっこう多いから気にしなくていいよ。今の花衣ちゃんみたいに顔面蒼白で倒れる人。でもそのうち慣れるから大丈夫」
「すいません。……ていうかすいませんついでにちょっとだけ横になっていいですか」
「うん、太刀川さん来るまで寝てていいよ」

我ながら遠慮も何もない申し出をすんなり受けてくれた迅さんは、だらしなく寝そべったあたしの前のソファーで端末を弄ってる。
こんなんなったのは昨日調子に乗って夜中までレポートしてたせいだ。寝不足も祟ったから、さっきのあのグロテスク如きにここまで持ってかれたんだ。

今の自分の無様な格好を俯瞰して見ると、情けなくて心の中で言い訳をした。


仮入隊の書類にサインをした時に粗方の説明は聞いてた。ボーダーの戦闘員はランク戦にしろ防衛任務にしろ、みんなトリオン体って言う仮想の体に入れ替わるって。痛覚設定もあってよほどの好きモノじゃない限りオフにしてるし痛みなんて感じないって。聞いた時は単純に凄いと思った。でも実際に見るのとでは全然違った。

言われなきゃ分からないぐらい精密で精妙。
だから余計にリアルでグロい。

迅さんは慣れるって言ったけど、慣れたら最後のような気もする。突っ切るともう普通の感覚には戻れないよな。
















「おい望月」
「………」
「おいこら、起きろって」
「………あ、れ、…………寝て、た?」
「爆睡してたぞ」

底のほうに沈んでた意識が誰かの声で急に浮上した。瞼を持ち上げると見下ろす不機嫌な太刀川さん。起きたばかりの体には特有の怠さがあるものの、嘔吐一歩手前のあの感覚は綺麗に消えてくれてる。

体を起こして出来た隙間に太刀川さんが座ったところで自分の下半身に違和感。視線を落とすと迅さんの青い隊服のジャケットが引っかかってた。

「迅さんこれ、すいませんでした」
「寝返った時に見えそうだったから」
「………すいません、ホントすいません」

なんかずっと謝ってばっかだ。しかも相手はあれだけ目の敵にしていた男。
透かした目が嫌いで、仮面みたいに貼り付けた笑顔も嫌いで、見てるだけでイライラしてた男。

たぶん、きっと、まだ苦手。
でも、無意味に嫌う理由がなくなった。
考えてることの半分も分からないし、それはそれでいいと思う。

こっち側に引きずり込んだやり方が強引だったってだけで、話を聞いてちゃんと理解できた瞬間からポロポロと鋭い棘が落ちていった。胡散臭さは変わりないけど。

スカートのあたしを気遣って掛けてくれたジャケットを迅さんに返して、隣でさっきからぶつぶつと文句言ってる太刀川さんに視線を飛ばす。

「お前さ、せっかく俺がランク戦やってんのにちゃんと見とけよ」
「むり、太刀川さんの見るまであそこにいたら確実にリバースしてましたよ」
「リバースしたままでも見れんだろ」
「ぴちぴちの若い乙女があんな人の多いところでそんなもの晒したら一生お嫁に行けません」
「そん時は俺がもらってやるから大いに吐け」
「ほんと最低ですね」
「まーまー、太刀川さん、花衣ちゃんマジでやばかったから。そんぐらいにしてあげて」

だいたいあれだよ。見たところで訳分かんないのに一緒だと思う。
斬り合って、手から色々出して、みんなさして変わらないって感じたあたり、あたしには見せる価値もまだないと思う。そもそも後半ほとんど見れなかったけど。

あぁでも、1人いた。なんだろう、雰囲気も出してるオーラも他の人とは全く違う異色な存在って言うの?素人目から見ても凄いって思った人。迅さんに聞いたらソロの総合3位って言ってたな。

まだなにか言い足りないような、不満気な表情の太刀川さんが、ほらこれ、あたしに差し出した数枚の紙切れ。受け取ってざっと目を通してみたけど、読解不能な文字の羅列に疑問符だらけな脳内は混乱の極み。

太刀川さんと迅さんを交互に、説明してくれなきゃ分かんないって無言で催促の視線を送る。

「入隊式までのお前の特訓メニューだよ」
「…………えーっと、」
「1日最低4、5時間。土日はぶっ通し。で、やっとスタート地点に立てるぐらいにはなんだろ」
「あ、でも太刀川さん。花衣ちゃん斬ったり穴あいたりって苦手みたいだからそこも克服させてね」
「そんなもん模擬戦やれば嫌でも慣れるって」
「なんか全く頭が追いついてないんですけど、え?太刀川さんに教わるの?いろいろ?」
「基本はね。太刀川さんが任務ある時は俺が助っ人で」
「………」
「なんだよその嫌そうな顔は」
「いえ別に」

フリーズしそうになって慌てて顔の筋肉を動かしてみたけど、引きつり笑いまでは隠せなかった。
不満なのかと聞かれて、そんなことないですよと曖昧に返したけど。あるのは不満よりも不安。
大学はサボる、レポートは出さない、飲むと変な絡み方してたまにウザい時がある。

交友関係も決して良好と言えないのは、特に女絡みが大半を占めてるせいだ。こないだなんて食堂で派手な女の人から張り手くらってたし。何やったか知らないけどだいたい想像はつく。そんな人が?あたしの先生?になるの?それって大丈夫なの?

「大丈夫だよ、天下の太刀川さんだから」

は?天下の太刀川さんってなんだよそれ。あたしの頭の中を見透かしたみたいなタイミングで言葉を発した迅さんに、今度は頭の中で盛大につっこんだ。

「花衣ちゃんさっき風間さんに反応してたでしょ」
「風間、さん?……あ、あの3位の人」
「うん、見ててどうだった?」
「どうって言われても分からないですけど、他の人とは全然違うなって思って、素直に凄いって」
「だよね。でもその風間さんより凄いのがこの人」
「………ん?」

気のせいかな。今まで視線を合わせて話してた迅さんが、どっからどう見てもあたしの隣にズラした気がする。

太刀川さんを見ると、さっきより大きく見える態度はそれこそ気のせいなんかじゃない。ソファーにふんぞり返ってもっと褒め称えろとばかりな表情を惜しげもなく晒してた。

マジですか。レポート出さないのに?出席率やばいのに?酒癖も女癖も悪いのに?マジですか。

「正式入隊までもう日にちないから早速明日から頑張ってね」

前途多難、いろんな意味で。
口角の上がった迅さんの綺麗すぎる笑顔に、なんでか背筋が凍りそうになった。





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