ご満悦なくちびる


[ツインレイ]………魂の双子、片割れのような存在のこと。
この世に生まれる際、ひとつの魂がふたつに分かれてしまう現象のこと。
出会える確率は何万分の1。
出会ってしまったら、どうしようもないほどの愛おしさ、離れてはいけないと言う感情が込み上げてくる。














普通の女の子に戻りたいなんて思ったことはなかった。こんな小娘がみんなのために世界を救おうとしているんだよ。そこまで生意気な信念は持ってなくて、ただ生と死が隣り合わせな生活に慣れてしまっただけなんだろうなとふと思った。

だけど身体中にできてしまった無数の傷跡にはいろいろ思うところもある。だって普通の、じゃないにしても女の子だし。今は見せれる相手もいないから、ね、いいけどさ。

安宿のくせに、わりと清潔な脱衣所の鏡に全身を写したら小さなため息が溢れた。体を拭いてまとめていた髪を解いて服を着て、今日もよく暴れたと自分を労うためにこっそり買っていたスコッチの蓋を開けようとした時、地震のような大きなそれが身体を揺らしたけど、この原因をあたしはよく知っている。

ホントもういい加減にしてほしい。
ビンの蓋を閉めてお預けを食らったことにいらっとして隣の部屋に様子を見に行く。

「なにこのカオスな状況は」
「ん?あぁ、なまえか、いつもの夫婦喧嘩の残骸さね」
「ここまで酷いと逆に笑えてくる」
「なまえは髪、おろしたほうが可愛いな」
「それ今一番どうでもいいから」

引きつったあたしの顔の先には散らかった、というより最早廃墟と化した部屋の中が映った。壁という壁に、猛獣でも飼育してんのかって思う跡がこびりついていて、白くてモコモコの、中身が剥き出しになってるほとんど原形のないソファと、あるじに放置プレイを強要された六幻が寂しそうに床に突き刺さっていた。

そんな中、ベッドの上で涼しい顔をして読書に勤しむラビもどうかしてるけど、これをやらかしたアレンと神田は暴れ疲れて床に転がるように寝ているのだから頭が痛くなる。明日、宿を出る時のここの主人の青筋も想像したから余計にだ。

「頭痛がするからちょっと飲みに行ってくるわ」
「飲んだらそれこそ拍車かかると思うけど」

まぁ、気ぃつけて。視線は下に落としたままひらひらと手を振るラビに背を向けて宿を出た。

割と大きめな町に停泊したおかげで、夜でもそれなりに人通りが多い。もし酒場もないような場所であの二人と長期任務を言い渡された日には、確実にコムイさんの首が飛ぶよね。もちろんその首を飛ばすのは他でもないあたしなんだけどね。

なまえがいれば安心して任せられるよ、って、あたしの安心と安全はどこ行ったんだあのシスコン野郎。そりゃあ任務中となればとてつもなく頼りになる彼らの働きはあたし一人だけ鼻くそほじってボケーっと眺めていられるくらい申し分ない。だけどそれを差し引いたとしても、だ。

まるで小さな子供が兄弟喧嘩の如く、顔を合わせて口を開けばお互いを罵ることしかしないんだから。あたしゃお前らのお母ちゃんかっての。

「スコッチのロックをダブルで」

入った酒場は宿から一番離れた場所にした。だって、起きてきた珍獣供がまたおっ始めたらたまったもんじゃない。そんなんで大事な大事な1人の時間が奪われでもしてみなさいよ、部屋だけじゃなく宿自体が廃墟化すると思う。今度はあたしのせいで。

これはおまけね。アルコールと一緒にカウンターテーブルに置かれたスナックは、目元が優しい白髪混じりのバーテンから。お礼を言って待ちわびた琥珀色の液体を口にすると全身が緩んでいくのが分かった。

やっぱお酒は1人でゆっくり飲みたいよな。いや、飲める人がいるなら一緒にもありだけど、いつもみたいにあいつらの子守の最中にどんだけ口にしたって飲んだ気がしないし酔うに酔えない。そんな状況は嫌いではないけど欲を言うならこういう時間も必要だろうと、少しだけ自分勝手な思考が頭の中を占領した頃、一つだけ空いていた隣のイスに人がどかりと座る気配がした。

「おやじー、いつもの頼むわ」

声が、すごく好みだなと思った。好みなんて陳腐な言葉では片付けられないぐらい、心になんの違和感もなくすっと入り込んできた。なんだこの感覚。初めて聞いたはずなのにずっと前から知ってるような不思議な気持ちにいてもたってもいられなくなる。

堪らず視線を声のする方に向けてみると、そこにいたのはなんとも冴えない風貌の男が怠そうに頬杖をついていた。

「あ、あれ……?」

思わず口をついて出た間抜けな言葉も、だって仕方ないでしょと誰にだか分からない言い訳をしてみる。自分の描いていた理想像とかなりの勢いでかけ離れているのが悪いんでしょ、とも。

ヨレヨレのシャツにぼっさぼさの髪。横から見るとアンタそれ何センチあるのって突っ込みたくなる、度のきついメガネ。

あたしのドキドキを返せ、勝手に1人で盛り上がりそうになってアレですけど、ないわー、絶対ないわー。さっき聞こえた声もきっと聞き間違えたに違いない。

「なに?そんなに見られたら恥ずかしいんだけど」

あ、やべ、気づかれた。咄嗟に視線を逸らそうとしたけど、何故だか石みたいに固まって動けなかった。男はバーテンに頼んだいつものとやらを一気に半分くらい飲み干してからゆっくり視線をあたしに向けた。

「………アンタ、どっかで俺と会ったことある?」
「はい?」
「いやなんか、そんな気がしたから」
「会ったことないです、………って、近い!もう少し離れて」
「あ?あぁ、わりぃ」

よく見せろと言わんばかりにあたしを映した途端距離を詰めた目の前の男はおかしいな、気のせいか?まだ首を捻ってる。考えこむようにして少しの間フリーズしてから閃いたみたいに指先が動いた。

メガネのフレームの端っこを摘んでテーブルに置いたその手が綺麗でどきっとしたけど、隠すものがなくなった瞳はもっと綺麗だった。

「ほら、この顔見覚えない?」
「ないです」
「ほんとに?」
「だからないですってば」

ある訳ない、ないに決まってる。
決まってるけど、さっき感じた不思議な何かがあたしの中でまたぐるぐる回る。

ずっと探してたような求めてたような感覚。だけど確信があるわけじゃないから得体の知れない気分に怖くなる。明らかに自分の脳内では処理できないそれに完全にキャパオーバーだ。

「まぁ、いーか、なんでも」
「はい?」

さっきの緩い表情からがらりと変わった。口の端っこを意地悪に持ち上げて右手が頭の後ろに回ってかぶりつかれたのはあたしのくちびる。

あ、ちゅうされた。どこか他人事みたいな思考とは裏腹に身体は正直だ。手に力を入れて胸元を押し返して、何してくれてんのはっ倒されたいのバカ男と文句の一つでも言ってやるつもりだったのに、言えなかったのは、

「ごちそーさん、」

くちびるを指先で拭う仕草に色気がありすぎて、見つめ返すことしかできなかったからだ。


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