細い手首をひっ掴んで、
「あれ………、なまえ?」
「やーっと帰ってきた」
拐ってしまえば、
「わり、仕事長引いた、ってお前何してるんさ?」
「んー?」
そう、どんなに楽になれるだろうと。
悪天候続きの毎日。朝起きて、髪をセットして
帰宅する頃には手直しすら億劫になる。
今だってほら。
水気の含んだ質の細い長い髪を、出してやったタオルにくるまるなまえの肩越し、止みそうにない雨が強さを増した。
「今何時だと思ってるんさ」
「あー、お化けの出る時間帯?」
「お前なぁ、女の子の出歩く時間じゃねーだろ」
「うるさいなぁ、いいじゃん別に、家も近いんだから」
ふてくされて睨みを据える。
悪びれる表情ははなから期待などしていない。
ひっくり返って暴れるよりは、うんと成長したのだろうと。
差し出した熱めのミルクティー、くちびるをつけたなまえに、オレもつくづく甘いと思う。
「ねぇラビ」
「なんさなまえちゃん」
「仕事楽しい?」
「全部ひっくるめるとそりゃあ楽しいけど」
「けど……?」
「いいことばっかでもねぇよ?」
「ふーん」
なにか、あったんだろう。
連絡も寄越さないでひょっこりと会いにくるのは昔からの癖のようなもんで。
かといって泣きっ面も泣き言も見せようとはしない。
なんとなくの近況報告とくだらない会話で、満足すればとっとと出ていく。
「早く卒業したいなぁ」
「いいじゃん、高校生って」
「どこが、いろいろ不便でめんどくさい」
「なんつーか、響きがエロい」
「…………ヘンタイ」
だから敢えて、オレからは何も聞かずに。
それで彼女がすっきりするならって。
「男はみんなヘンタイさね」
「開き直んないで気持ち悪い」
「気持ち悪い言うなよ、あーあ、昔は可愛かったのに」
「今も可愛いです」
「こんぐらいん時なんていつもラビー、ラビーってオレのうしろくっついて」
だけどさ、いい加減さ、
いつまでも仲良しな腐れ縁てやつからさ、
脱出したいわけよ、オレとしては。
なんでもかんでも二人いっしょ、なんて女々しいことは望んでねぇけど。
空元気に騙されたふりも、こうやって今みたいに。
泣きたいのを我慢して、見て見ぬふりをすることだって。
「なまえ」
「なーにー」
たとえそれが、
「もしオレが連絡も寄越さねぇで、何日も家に帰ってなかったら、お前どうするさ?」
「え、普通に心配するに決まってんじゃん」
オレだけの特権で、オレだけにしか見せてなかったとして、
「分かってんじゃん」
「なにが?」
「そーゆう部分」
「……………あ、」
意地っ張りは意地っ張りらしく、それでも縋りたいのがオレだけであればいい。
他の誰でもなく、オレで。
「あんのクソババア」
「なまえが思ってる以上に仲良しだぞ?オレとお前のかぁちゃん」
「………帰る」
「おー、帰したくねぇけど」
「ん?なんか言った?」
堕ちてこいよと、躍起になることなんて。
オレにとっちゃ超がつくほど簡単で。
細い手首をひっ掴んで、拐ってしまえばどんなに楽かも知っているけど。
「なんもねぇさ、さてと、送りましょうかね」
「帰ったらおもっきり反抗してやる」
「ほどほどにな」
「うぅ…………考えとく」
今を精一杯、
迷って悩んで時には反抗したって構やしない。
そうやって、
どうにもなんねぇ時、何かを求めて。
それでいて、ほんの少し。
なまえを見つめるオレの視線に意味があることを分かってくれればそれでいい。
今は、な?
待ちくたびれましたよお嬢さん
(ラビの部屋ってさ、二人で住むとなると意外に狭いよね……って聞いてる?)
(あー、やべぇ)
(なにが?)
(やっと、………やっと毎日イチャイチャできる)
(いやしないし)
(ばっか、お前オレがどんだけ待ったと思ってるんさ!)