ばっかじゃないの

言い捨てて涙目で太刀川さんを叩いた音が聞こえた。叩いた本人は身なりもそぞろにリビングルームに出てきておれを睨んだ。え、なんで。 なんも関係ないんだけど。一応軽く頭を下げると、手にしてたらしい腕時計を投げ付けられた。当たったら結構痛いから、目にでも当たったら失明騒動だから。無言の抗議もむなしく最低と怒鳴って部屋から大きな音をたてて出ていくと、自室から上半身真っ裸の太刀川さん。

「……気分が最低なのはおれの方なんだけど」
「へぇ、それはそれは」
「てか寒くないの?エアコン効きすぎ。見てるだけで鳥肌立つからなんか着てよ」
「そこのパーカー……、ちげーよそれお前のだろ、さむいから早く投げろ」

今出てったコに限らず叫びたい。おれは味方だから!気持ちはよく分かると。ばっかじゃないと言いたいのも腕時計を投げ付けたいのも玄関の戸が壊れるくらい勢いよく閉めたいのも非常にもっともだ。だから太刀川さんにぶつけられなかった鬱憤をおれに向けて放つのはもう止めてくれ。

パーカーと一緒に太刀川さんに放った銀色の細い腕時計は、この人の手によってあっけなくごみ箱行きになった。結構しそうな代物なのに。不機嫌極まりない太刀川さんを横目に読みかけだった雑誌をぺらぺらめくる。下手に干渉しないのがポイントだ。

「あー、超うぜー」
「どーでもいーけど、太刀川さんバイトの時間やばいんじゃないの?」
「休みの連絡入れといてよ迅くん」
「なんでおれ?絶対しないからね、あとでぐちぐち文句言わないでよ」
「チッ」

舌打ちを無視して雑誌をめくる。今月はイマイチの大学生男子用雑誌。分かってないんだよなぁ、チラリズムだよ時代は。全部見えそうで見えない、それが男のロマンでしょ。なんでもかんでもポンポンポンポン出しゃいいってもんじゃない。

くだらない、いや、いたって重要なことを考えてる間、至極面倒臭そうに電話をかけた太刀川さんが、おれの座るソファーに背を預けるようにどかりと座った。手にはビールが2つ握られている。おやつ時から女の子とよろしくもいただけないが、バイト休んでいきなりビールとは相当きてる。

「付き合え」
「えー」
「飲まなきゃやってられねんだよ」
「うわ!」

後ろに放られた缶を雑誌を捨ててキャッチする。付き合えって言ったくせにすでに飲み始めてる太刀川さんを見て、仕方なくプルタップを引いた。さっき投げたせいで微妙に噴き出てくる泡をずっ、とすすると、また舌打ちが聞こえる。ビールをまずいと思ったのは初めてだった。

「舌打ちやめてよ」
「うるせー黙って飲め」
「あのねぇ」

叩かれたのが本当に不満だったのか、確かに今回のコは今までより幾分か激しかった。太刀川さんのことを尋ねにわざわざ違う学年の学部のおれんとこに来たりとか、結構ご執心だったわけだ。それが今日来てみて抱かれた揚句にお前イマイチだからもういいわとか言われちゃね?だからさ、叩きたくもなるってわかってるって。おれがあのコだったら刺してるよ。

「全部盗み聞きかよ。相当悪趣味だな」
「聞こえたんだよ!てか声デカすぎなんだよ!ヤるならヤるで自重してよ!」
「……あー」

太刀川さんが大学入って2年間、結局女癖が変わらなかった原因を、おれが知らないと思ってる。と、おれは思ってる。どっちだって結果は変わらない。つまりなまえはおれの彼女で、太刀川さんには非常に悪いけどたぶん当分は別れない。

それじゃあ知ってて、とっかえひっかえ女の子を抱きまくる太刀川さんを見て嘲笑ってんのかって言えば少し違う。どうしようもできないだけだ。 太刀川さんに気持ち確認すんのも無理、なまえと別れるのは元から選択肢にない。かといって、彼女以外の1人に決めろとも遊ぶなとも口が裂けたって言えない。おれの立場的になおさら。

立ち上がって2本目を取りに行った太刀川さんがぼそりと漏らしたのは、当然といえば当然で、この人もわけ分かんなくなってんだと思えば腹なんて立てられなかった。

「なまえとヤってんの?」
「まぁ、それなりに」
「俺に一晩かせよ」
「いーかげんにしてよ太刀川さん」
「チッ」

本日3回目の舌打ちをかますと、一気に2本目を飲み干す。俺に一晩かせよ。縦に少しでも首を動かそうもんならこの人はソッコーでなまえのアパートに押し倒しに行く。迅がお前はもう用済みだってよぐらいは簡単に言うだろう。そこまで想像して、やめた。

「…迅おまえ」
「なに」
「なまえに迅と喧嘩したら俺んとこ相談に来いって言っとけよ」

なんで、同じ奴だったんだろーなとか、おれとなまえが付き合い始めてしばらくした時、よく考えてたことが懐かしく頭を過ぎった。

さっきから震える携帯を耳に当てる。太刀川さんはこっちを見ない。今行くとか、なまえはそこにいなよとか相槌をうって電話を切ると、残ってたビールを飲み干した。

「今お前のこと殴ったらどーする?」
「殴り返す、じゃあね」
「今日は帰ってこねーの?」
「そーいうことになればね」
「うちでシてもいいんだぜ?」

玄関で靴を履き終え、太刀川さんを振り返る。ビール片手のこの人は確かに色男だった。

なんでおれだったんだろーなとか、おれとなまえが付き合い始めてしばらくした時、よく考えてたことが懐かしく頭を過ぎった。

「あいつのこと連れてくんのだけでもごめんだよ」



でもつまりおれはなまえの彼氏なわけで
今まで通り過ごすのが1番だとおれとなまえが付き合い始めてしばらくした時、よく考えてたことが懐かしく頭を過ぎった





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