純真無垢に誘惑



呆れるほどのスピードで、


「ねえ、あれってアレンくんじゃない?」

「え、………どこ?」


見つけた貴方の、


「仲良さげじゃん、付き合ってるのかな」

「さぁね、………興味ない」


ふわふわな笑顔。









節電節電、また節電。テレビの中のコメンテーター、熱く討論しているリビングの温度は25度。

そんなもんクソくらえ。
こちとら堅苦しいスーツを身に纏って、毎日ズタボロになるまで働いてるんだと。

汗っかきなビール片手、ソファーにふんぞり返って悪態つく。

放りっぱなしの携帯のディスプレイは、受信してから5分が経過。

いらいら、いらいら。
認めたくない心情がいろんなものを掻き乱して。

もともと気の小さな性分は、未だ揉めてらっしゃるテレビの中の声に感化されたのか。
空調機のリモコン、温度設定ボタンを無意識に押していた。



行っていい?


絵文字も何もない彼からのメール。
意地を張って、忙しいから来ないでと。
思ってもいないことを電波に乗せれば嫌だの一言。

吐き出した吐息はほんの一瞬で、
出しっぱなしの洗濯物を片付けるあたり、つくづく惚れた弱みにまんまと付け入られたのだと思う。

2本目のビールを冷蔵庫から取り出した時、聞こえたインターホンの音に胸が跳ねた。


「…………、嫌だって、子供じゃないんだから」

「なまえちゃんよりは子供ですよ」

「叩かれたいのかアンタは」

「できないくせに」


リビングに続く廊下でのじゃれあいなんて、彼にとって何の効力もないのは知ってる。
見た目よりもずっとマイペースで、一度こうと決めればテコでも動かないのも知ってる。

それでも玄関の扉をあけた瞬間、彼以外の誰かの匂いが鼻を掠めれば、皮肉めいた言葉が出るのは仕方なかった。


「飲む?」

「いらない」

「ご飯は?」

「さっき食べてきた」


二人掛けのソファー、右側を空けて沈んだ彼の正面。
わざとらしくフローリングに座り込めば、怪訝な表情。

刺さるような視線に気づかないふりをして、温くなったビールのプルタブを指に引っ掻けると聞こえた彼の吐息が空気に溶けた。


「なに」

「べつに」

「あ、そう」

「え、そこもっと普通は食いつかないですか?」

「食いついてほしいの?」

「そーいうわけじゃないけど」


何かを訴えるような目で、何かを探るような口ぶり。

ゆらゆらと動く視線はそこかしこに、
一通り見馴れた部屋を視界に映してから落ち着いたのは、テーブルに置かれた飲みかけのビールグラス。

睫毛を伏せた表情が綺麗だと思った。


「あの、さ」

「うん?」

「取り引き先の担当とコミュニケーション取りましょう的な」

「なに?」

「いや、だから………、」

「うん、」


じれったい、もどかしい、
彼の言いたいことがなんとなく分かっても。
的確な言葉で伝わらない限り、首を縦に振ることも横に振ることもできなくて。

少なからず芽生えた嫉妬心も、気づかれないようどうにか心を乱さずに。


「えっと、」

「うん、」

「女のひとと二人でごはん………、」

「うん」

「行った、………、ごめん」


絡まった視線、申し訳なさそうに見つめるその表情から、先に逃げたのはあたしだった。

手持ちぶさたに遊んだ指先、視線を落とせばテーブルを挟んだ彼の手に捉えられる。

こっちにおいでと、繋がった手のひらがそう語るから。


「甘えたさんか」

「いいでしょ、くっつくぐらい、………、ていうか、怒ってないの?」

「なんでそんなことで怒らなきゃいけないの、それともご飯以外にやましいことでもあったの?」

「あるわけないでしょ」


ぶつかりあう肩と、重なった手のひら。
照れ屋な彼の、きっとこれが精一杯で。

案の定、間近で合わせた視線は簡単に逸らされて。


「仕事だから仕方ないでしょ、あたしだって付き合いで男のひととご飯行くこともあるし」

「え、」

「え?」

「なんかいやだ、分かってるけどいやだ、めちゃくちゃいやだ、」


人の多い街の中、寄り添うように歩く彼を見つけたことも。

僅かに生まれた嫉妬心も。


「わがまま」

「知ってる」

「………で、明日の朝ごはんは?」

「フレンチトーストが食べたい」


どうでもいいか、なんて。
やっぱり、惚れた弱みにまんまと付け入られたんだと思った。







ごめんね
なまえの姿を見つけたとき
酷く悲しそうだったから




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