溺愛シンフォニー
どうしても、
「アレン、起きて」
「…………んー、」
どうしたって、
「……おはよ」
「………、ちょ、なまえちゃん近いっ」
可愛くてたまんないんです。
夏、本番間近。まだそう暑くもない時間帯。
これでもかってぐらい、開け放した窓からの風が心地よくて。
散らばる彼の髪を揺らす。
キッチンからは、淹れたてのコーヒーの薫り。
「食べるでしょ?」
「うん、」
ふわふわのオムレツとかりかりのベーコン。焼けたばかりのデニッシュをプレートにのせて、食べてやってと頂いたお裾分けのフルーツも忘れずに。
まだまだ眠気を含む瞳、視線がかち合えば気持ちいいほどキレイに逸らされた。
「いただきます」
「どうぞ」
「…………、」
「…………、」
二人で迎えた朝はいつもこう。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、あたしに映るのは睫毛を伏せたままの端整な顔立ちだけで。
それが何を表しているのか、確信に変わった深夜の出来事を、彼は覚えているのだろうか。
テーブルに置いた少し甘めのコーヒーがコツリ、音をたてた。
「今日、」
「ん?」
「仕事?」
「うん、アレンもでしょ?」
「うん、」
「時間、だいじょうぶ?」
「うん、」
すき、大好き。
彼は確かにそう言った。
午前2時をとうに回った静かなリビングで、テーブルには山積みの書類がそこらじゅうに散乱してて。
彼はと言えばご機嫌よろしく、あたしをぎゅうぎゅうと抱きしめて。
「ねぇ、」
「うん、」
「………、」
「………、」
「や、やっぱいいや」
ただ、
「なに、気になるじゃないですか」
「気にしないで」
「言いかけてやめるとか、ダメ、」
「何言いたかったか忘れた」
ただね、
「うそだ、絶対覚えてるでしょ」
「忘れたー、すこーんってどっか飛んでったー」
戯れ言で片付けられても仕方ないほど、
見ているこっちが呆れるほど、
アルコールに溺れていたから。
「なんですか、そのすこーんって」
「そこだけ記憶が消えた音」
頭の片隅に残ってくれてさえすればいい。
酔うたびにズカズカと上がり込んで、
朝起きれば申し訳なさそうに頬を染めて、目なんて絶対見てくれなくて。
分かりやすい態度。それだけで十分、だなんて。
そんなもの、所詮は素直じゃない女の意地と見栄だ。
「ご馳走さまでした、今日もめちゃくちゃ美味しかったです」
「いえいえ、お粗末さまでした」
聞きたいじゃない、
ちゃんと声に出してもう一度。
目を見て言ってほしいじゃない、
だってそれぐらい、あたしも彼が大好きで。
「コーヒー、おかわりあるよ?」
「いい、……それよりなまえちゃん」
「はいはい」
「ちょっとこっちきて」
可愛くて可愛くて仕方なくて、
「待ってー、ここ片付け、わ…っ!」
ほんとうにもう、どうしてやろうかと。
「苦しくない?」
「……苦しくはないけど、どしたの」
「もっと力入れてもいい?」
「い、いいけど」
伸びてきた長い腕。
細いくせに力ではやっぱり敵わなくて、後ろから包み込まれると伝わる体温。
首筋にかかる彼の髪が少しだけくすぐったい。
「昨日の返事、まだ聞いてない」
「……だって、アレン寝ちゃったでしょ」
「いま聞きたい」
「………、」
「なまえちゃん」
あたしを呼ぶ声が掠れて震えた。
好きだなんて、そんな簡単に言えないんだと、話していたのはほんの数ヶ月前で。
「あたしも聞きたい、」
「………、」
「聞きたいよ、」
「………、」
「好きって、言って」
それでも言葉がほしいんだと。
絡めた指先から、伝わってくれればいい。
「…………すき、」
「うん、」
「すごい好き、」
「うん、」
「ずっと一緒にいたい」
恋愛に左右されて浮かれてはじゃぐ時期などとうの昔に過ぎたけれど、
女なんていくつになってもそんなものだよなと、
抱きしめられた腕の中、不覚にも彼以外、全て投げ出したいと思った夏の始まり。
出勤時間まであとわずか。
慌てて家を飛び出して、見つめ合えば溢れるお互いの笑顔。
そんな幸せも悪くない。
たぶんね、
あたしのほうが好きがいっぱいなんだと思うよ?