31.手紙(完)
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シカマルは暑さの緩んだ里をゆったりと歩いていた。
シオンの葬儀が終わって、二週間が経った。
葬儀の日を境に、シオンの記憶は、里の連中の中から少しずつ消えていき、ついに今日、いのの中からも消え去った。
オレはいつまであいつのこと覚えててやれるんだろう。
――忘れないで――
荒い息の合間からそう囁いていたあいつは、こうなることを知っていたのだろうか。
なんとなく、知っていたような気がする。
シカマルは大きくため息をついた。
あいつは…幸せだったのだろうか。
シカマルの胸が鈍く疼く。
あいつは、オレと出会わなければもっと…
突如、周囲の草花がサアッと風になびいた。
シカマルはビクリと身体を硬直させる。
声が聞こえた気がした。
名前を…呼ばれた?
シカマルは視界を巡らせる。
近くに人影はない。
誰だ――?
そして、ハッと空を仰ぐ。
シオン――
お前か――?
シカマルは耳を澄ます。
もう一度声が聞こえるのではないかと、ジッと空を見据えた。
しばしそのまま視線を送る。
そして、頭を掻いて肩を竦めた。
んなわけねぇか。
側にあった石ころを蹴とばして、また歩き出す。
――もう一つお願いがあるの。
ふいにまたあいつの声が聞こえてきた。
幻聴ではない。
記憶の中の声だ。
――手紙?
切り返す自分の声はかなり幼い。
――届けてほしいの。
シカマルは勢いよく顔を上げる。
そして、弾けるように走り出した。
――知らねーぞ?こんなやつ。
――大丈夫。その時がくれば――
きっとわかる。
今がその時だ。
封筒の表に大きく書かれていたのは、名宛人ではなく、差出人の名前だったのだ。
家に辿り着くと、靴を脱ぐのももどかしく自室に走った。
押し入れの戸を音を立てて開き、奥をかき分ける。
その手紙は、埃を被り、少し黄ばんだ状態で発見された。
『シオン』
封筒には不器用な字でそう書かれていた。
取り上げると、手紙の下から押し花にされた紫色の花も出てきた。
これだ。
あの時、あいつははなから、これをオレに読ませるために渡したんだ。
シカマルは、高まる感情をぐっと抑えて、手紙に手を伸ばす。
書き連ねられた文字にそっと視線を落とした。
文字を覚えたての子どもが一生懸命書いたような歪な文字。
シカマルが暇を見て教えた字だ。
字面に目を滑らせる。
手紙を持つ手に少しずつ力がこもった。
「……ったくよぉ……上手くなったじゃねーか……ばかやろう……」
シカマルは顔を伏せ、絞り出すように呟いた。
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