11.マガナミ -ふるさと-
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外で廊下を踏みしめる音がした。
びくりと身体を震わせ、視線を上げる。
障子に人影が映った。
頭の高い位置で結われたギザギザの髪が影でもわかる。
シカマルという少年だろう。
影は拳を作り、木の部分を軽くノックした。
「おい、起きてるか」
マガナミは呆けた頭を小さく振ってゆっくりと立ち上がり、戸を開けた。
月明かりを背負った彼の表情は、暗くなってよく見えない。
輪郭からこぼれる淡い光が眩しくて、少し目を細めた。
「飯だ。食うだろ。つーか食え。病院でもほとんど口付けなかったっつーじゃねーか」
こっちだ、と身体を翻し、シカマルが歩き出す。
マガナミは、シカマルの言葉の意味を吟味しながら後に従った。
食事をしろと指示されたのは初めてのことだ。
村では、住んでいる小屋の裏手のやせ細った土地で、わずかばかりの食物を育て、飢えをしのいだ。
食物を奪われることはあっても、与えられることなどなかった。
病院という場所でも、日に三度も食事が出された。
どういうことなのか理解できず、ただ不気味だった。
白い服を着た女の人たちがにこやかに近づいてくるが、その笑顔が自分に何を要求しているのかがわからなかったのだ。
この食事を口に含めば、また暴力的な何かが自分を傷つけるかもしれないと思った。
だが、何も口にしなければ、死んでしまう。
それでいい、いっそそうしてしまおうとも何度も思った。
なのにできなかった。
常時、マガナミの頭に響くのはその度に響くのは、母の呪いの言葉だ。
――死ぬなんて許さないわよ。あんたは生きて、生きて、生きて、一生分、この世の絶望を味わうの。
なのに、生に負けそうになる時、耳を掠めるのは何故か、母の「ごめんね」という言葉だった。
死ぬ間際に母が見せた、菩薩のような、悲しい笑顔。
すると私はどうしようもなくなる。
結局、どちらを選ぶこともできずに、村で日々口にしていた量だけ食べて、後はそのままにしておいた。
生きなければ、という思いと、全てを終わらせたい、という思いは、常にマガナミの中でせめぎあっていた。
前を歩くシカマルが立ち止まった。
反射的に顔を上げる。
「食卓はここだ」
くいっと親指を部屋の中に向けたのを見て、小さく頷く。
先刻ヨシノという女性に家の配置を一通り教わっていたので、食卓の場所は覚えていた。
促されて中に入る。
食卓には、既にヨシノと、彼がこの家の大黒柱、シカクだろう、シカマルによく似た男性が座っていた。
「ああ、よかった、起きてたのね。お腹空いてるでしょう?さ、夕飯にしましょ」
ヨシノは立ち上がって、一つのいすを勧める。
え?
マガナミは混乱した。
自分もここで一緒に食事をするということだろうか。
狼狽して後ずさる。
井染では、食事は、神が与えたもうた食物を体内に受け入れ、生を受け継ぐ神聖な行為だ。
人々は食事の時間をとても大切にしていた。
だから、マガナミが食事をともにするなど、あってはならないことだった。
穢れを体内に取り込むことになるからだ。
てっきり、別室へ運んで食べるのだと思っていた。
どうして?
だって、だって、私が側にいたら…
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