生きている意味

11.マガナミ -ふるさと-


(8/15)


包囲網はあっという間に広まった。

マガナミは、人々の視界の合間を縫うように、無我夢中で逃げ回る。





血に染まった故郷の村。

動かなくなった人々を避けながら、半狂乱になった村人に追い立てられるその様は、まさに地獄絵図だった。

荒い息を整える暇もなく、ただひたすらに走る。





恐い。





マガナミを満たしているのは、純粋な恐怖だった。

村人はもはや、正気を失っている。

私が言笛を見たこともないことくらい、みんな知ってるはずなのに。

雄たけびを上げながら、目を見開き、血走った瞳をギョロギョロと動かす村人たちの様子は、もはや人間とは思えなかった。





「化け物」





マガナミはびくりと震えた。

自分の心の声が、村人の叫び声と重なる。





そうか。

化け物なのは村人ではない。

私なのだ。





マガナミはだんだんと逃げ場を無くし、追い詰められていく。

もう少しで村人の視界にかかってしまうという時に、今にも全壊しそうな、焼け焦げた小屋の中に身を滑り込ませた。

絶え絶えになっている息を必死で整える。

身体の震えは収まらず、歯がガチガチと鳴った。





どうしよう。





マガナミはすぐに自分の窮地を悟った。

そうしなければ村人に見つかっていたとはいえ、窓のないこの小屋の中に逃げ込んでしまっては、外の様子をうかがい知ることはできない。

包囲網は狭まってきている。

小屋に村人が足を踏み入れるのも時間の問題だろう。

背中をおぞましく、冷たい電流が駆け抜けた。

いよいよ万事休すだ。

村人たちに詰め寄られ、罵られ、暴行され、やがてその命の灯火を小さくしてゆく自分を想像した。

私、死ぬんだ。





ガタ、と小屋の中に音が響いた。

マガナミはギクリと息を呑む。

頭の中で何かが弾けた。

自分が何を考えているのか、もうわからない。

容量の限界を超えた心は、今にも破裂しそうだった。

今では、ただ立てかけてあるだけの板と化した小屋のドアは、引き剥がされるように開かれた。

マガナミはきつく目を閉じる。

外に漏れ出ているのではないかと思われるほどの心臓の音を感じながら、相手が怒鳴り込んでくるのを待った。

しかし、相手は沈黙を守っている。

不思議に思って恐る恐る目を開くと、そこに立っていたのは、村人ではなかった。

すらりとした身体つき。

茶色がかった赤い髪に、オレンジ寄りの琥珀色の瞳。

マガナミはこの人物を見たことがあった。

しかも、ほんの少し前に。

小屋の入り口に立っていたのは、神殿の前で族長と話をしていた、あの穂立見の男だった。

マガナミをその目に認めたらしいその男は、無表情のまま、肩眉だけを少し吊り上げた。

村人でなくても同じことだ。

こんな、いつ潰れてもおかしくないようなボロ小屋の中で、隠れるように身を縮め、震えている人間が誰であるか。

それはあまりにも明らかである。

この人は私を族長のところへ連れて行く。

マガナミはそれ以上考える気力も無くし、よろよろと立ち上がった。



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