生きている意味

11.マガナミ -ふるさと-


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しかし、何やら二人はひどく慌てていた。

手には、取りに行ったはずの言笛が見当たらない。

「ありません」

混乱した表情で一人が声を震わせる。

「言笛がないんです」

もう一人も助けを請うように声を荒げた。

族長が顔色を変える。

「なんだと。そんなこと、あるはずがなかろう」

強い語気に二人はたじろぎ、顔を見合わせる。

「しかし、奉ってあるはずの祭壇は空だったのです」

一人が必死に説明する。

もう一人が、本当だ、と添えるように大きく頷いた。

予想だにしなかった事態に族長は表情を固くし、穂立見の男に向かって苦しげに告げた。

「すまない、少し問題が生じたようだ。だが、必ず言笛はお渡ししよう。しばしお待ちいただきたい」

男は鼻を鳴らして小さく一歩下がった。

族長は、付き人二人を振り返ると、深刻そうに話し合いを始める。

時折、

「このままでは、我ら一族は…」

というような会話が漏れ聞こえた。

重い空気が周囲に伝染する。





言笛が、ない?

マガナミは驚きを隠せなかった。

そんなことがあり得るのだろうか。

村人の話を漏れ聞いただけだが、確か、毎日、族長の付きの人が所在を確認し、清めてから部屋の錠を閉じていたはずだ。

それ以外の人は、祭事にしか言笛を見ることはできない。

マガナミに至っては、言笛を目にしたことは一度もなかった。





やり取りを眺めていた穂立見の男は、愉快げに眉を動かした。

「誰かに盗まれたかね?」

その言葉に村人たちが一瞬押し黙り、無表情に目を細める。

サッと周囲の者と視線を交し合う。

その瞳に、おぞましい何かが乗り移ったように見えた。





――嫌な、予感がした。





足は勝手にジリジリと後退を始めていた。

これから起こるであろう恐怖に、身体が小刻みに震える。

マガナミは、可能な限り音を立てず、出来うる限りの素早さでその場を逃げ出した。





「あいつだ、マガナミだ」





後ろから追い被さるように叫び声が聞こえてくる。





「探せ、あの悪魔、井染の宝を盗みやがった」





マガナミは耳を塞いで、力いっぱい走り出した。





――逃げ出したのは、母の言いつけを守るためか、それとも、自らの命を守りたいという本能か――






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