11.マガナミ -ふるさと-
(6/15)
井染には、太古の昔、カルヴァが神から授かったとされる、コトブエと呼ばれる笛があった。
言笛は、代々の族長が神殿の地下にある祠に納め、大切に保管している。
言笛には空間に作用する力があり、まじないの維持やミナ地周辺の目くらましをしているのは、この言笛であると言われている。
紛失したり、井染以外のものの手に渡るようなことがあれば、災厄が訪れるであろうとも言われていた。
言笛を差し出せというの。
あれはみんなが崇めて心の支えにしていた大切な笛なのに。
けれど、それを差し出さなければ、きっと、みんな殺されてしまう。
族長は、随分と長い間、硬い表情のまま、石のように黙っていた。
穂立見の男は、面白そうに事の成り行きを見守っている。
やがて、族長はわずかに顎を引き、ゆっくりと口を開いた。
暗く深い泉の中に、静かに重りを沈めるような、そんな響きだった。
「わかった。要求を飲もう」
周囲からどよめき、呻き、すすり泣きが聞こえてきた。
発せられる声は違えども、村人たちを占めるのは、一様に無念さであろう。
族長は、側近の二人に合図をし、言笛を取りに行かせた。
「しばらく待て。今取りにやらせた」
「構わんよ」
穂立見の男は肩を竦める。
「それで、そのお宝ってのは、どんなもんなのかな」
「昔、我らが崇める神がまだ人であった頃、神から授かった小さな横笛だ。我らは言笛と呼んでいる」
「それは結構。それで、どんな力があるんだ」
「力などない。存在するだけでありがたい、神聖なものだ。我らにとっての心の拠り所なのだ」
「そいつはすまないね」
小ばかにするような男の態度に、族長は押し黙った。
険悪な雰囲気が辺りを包む。
ずいぶんと長い間、誰一人として、何も話さなかった。
人々が沈黙に耐えられなくなった頃、神殿から、族長の付きの二人が戻ってきた。
視線がそちらに集まる。
ついに言笛が持ち出されたか。
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