生きている意味

11.マガナミ -ふるさと-


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井染には、太古の昔、カルヴァが神から授かったとされる、コトブエと呼ばれる笛があった。

言笛は、代々の族長が神殿の地下にある祠に納め、大切に保管している。

言笛には空間に作用する力があり、まじないの維持やミナ地周辺の目くらましをしているのは、この言笛であると言われている。

紛失したり、井染以外のものの手に渡るようなことがあれば、災厄が訪れるであろうとも言われていた。





言笛を差し出せというの。

あれはみんなが崇めて心の支えにしていた大切な笛なのに。

けれど、それを差し出さなければ、きっと、みんな殺されてしまう。





族長は、随分と長い間、硬い表情のまま、石のように黙っていた。

穂立見の男は、面白そうに事の成り行きを見守っている。





やがて、族長はわずかに顎を引き、ゆっくりと口を開いた。

暗く深い泉の中に、静かに重りを沈めるような、そんな響きだった。

「わかった。要求を飲もう」

周囲からどよめき、呻き、すすり泣きが聞こえてきた。

発せられる声は違えども、村人たちを占めるのは、一様に無念さであろう。

族長は、側近の二人に合図をし、言笛を取りに行かせた。

「しばらく待て。今取りにやらせた」

「構わんよ」

穂立見の男は肩を竦める。

「それで、そのお宝ってのは、どんなもんなのかな」

「昔、我らが崇める神がまだ人であった頃、神から授かった小さな横笛だ。我らは言笛と呼んでいる」

「それは結構。それで、どんな力があるんだ」

「力などない。存在するだけでありがたい、神聖なものだ。我らにとっての心の拠り所なのだ」

「そいつはすまないね」

小ばかにするような男の態度に、族長は押し黙った。

険悪な雰囲気が辺りを包む。

ずいぶんと長い間、誰一人として、何も話さなかった。





人々が沈黙に耐えられなくなった頃、神殿から、族長の付きの二人が戻ってきた。

視線がそちらに集まる。

ついに言笛が持ち出されたか。


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