生きている意味

11.マガナミ -ふるさと-


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前方から声が聞こえてきて、ぎくりと足を止める。

咄嗟に木の陰に身を隠した。

村人たちが悲鳴や怒声を上げながら逃げ惑い、浅黄色の服を着た異人たちが、それを追い立てるように走ってゆく。

誰、あの人たち。

ミナ地の…井染の人じゃない。

今まで井染以外の人たちがミナ地に入ってくることなんてなかったのに、どうして。





必死に走る人々の中から、小さな影がこぼれ落ちた。

子どもが転んだのだ。

しばらく走ったところで、母親、父親と思われる人と、一人の老人がそれに気づいて振り返り、子どもの名前を叫んだ。

この混乱の中で互いを見失い、探していたのかもしれない。

しかし、駆け出そうとした母親を父親が制す。

背後には異人が迫っていた。

そして、異人と子どもとの距離は、絶望的なまでに縮まっている。

今助けに戻っても、己も命を落とすだけだ。

悲痛な選択。

押し留める父親の腕が大きく震えている。

異人は、とうとう子どもの元へ追いつき、大きな槍を振りかざす。

子どもはパニックに陥り、ただ泣き叫ぶばかり。

母親は堪え切れず、もう一度子どもの名を叫んだ。





あの子――





マガナミは、胸元をぎゅっと握った。





あの時の子だ――





かつて、マガナミは、帽子を取るために崖を降りたことがある。

その帽子の持ち主が、あの少年だった。





――汚ぇの





ゴミを見るような目で自分を見下ろした幼い瞳を思い出す。





死んでしまう――










槍は、無慈悲に、事務的に、あっけなく振り下ろされた。

田畑を耕すために鍬を振るうように。





子どもの泣き声が、ぴたりと止んだ。





「あ…」





マガナミは両手で口を覆う。





なに。

なに。

これは、一体、なんなの。

何が起こってるの。










――村人どもを不幸にして、自分も不幸になって、せいぜいもがき苦しむがいいわ










生臭い風に乗って、母の声が聞こえる。





お母さん。

これはお母さんが望んだことなの?










母親と父親が引きつった悲鳴を上げ、後退りした。

それに対し、一緒にその場に留まっていた老人――老婆は、異人たちの方へ足を踏み出した。

「駄目だ、母さん」

止めようとする父親の腕を振り払って、老婆は異人たちの元へ挑むように走ってゆく。

「お前たち、よくも私のかわいい孫を…」

異人たちが武器を構えた。





――汚いねぇ


――穢れがうつる


――頼みたいことがあってねぇ。お前じゃなきゃ出来ないことなのさ


――んー、いい子だ。ばあちゃん、すぐ新しいの作ってあげるから





マガナミにとって恐れの対象であった老婆。

理不尽な要求を突きつけ、胸を抉る言葉を容赦なく投げつけた恐怖の人。






だが、孫や、周囲の人々や――母には優しかった人。





いなくなってしまえばいいと思ったこともあった。

もう二度と顔を見たくないと思ったことも。

でも、こんなのは、嫌だ――





異人の一人が、大きなモーションで槍を振るう。

老婆の身体にくっきりとした線が入った。

そこから大量の鮮血が噴き出す。

老婆は一瞬その場に制止して、それから、ドサリと地面に倒れこんだ。





もうやめて――







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