生きている意味

10.マガナミ -母-


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探索範囲は、いよいよ、まじないの境界まで及んだ。

夜はすでに明け始めており、幾筋かの光が差し込んでいる。

村人たちは小さく息を呑み、まじないの外に出る決心を固める。





村人の一人が、小さな黒い影を目に捉えたのは、まさに号令が掛かろうという瞬間だった。

「あれ、サリカじゃないか」

村人の声に、人々はいっせいに指差した方向を見る。

ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくるのは、間違いなくサリカ本人であった。

人々は歓声を上げた。





しかし、近づいてきた彼女の様子がおかしいことに気づく。

その歩みは、ゆっくりとしているというよりは、おぼつかないといったほうが正しい。

服も、出て行ったときの服ではない。

大きなぼろ布をかぶっているだけのようだ。

表情は虚ろで、茫然自失の状態に見える。

村人たちの胸の中を不吉な何かがすばやく走った。

まじないの中に足を踏み入れたサリカの元に、数人の女性が駆け寄っていく。

そのうちの一人が、サリカに触れようと手を伸ばした。





「やめて、触らないでよ」





尋常ではない叫び声をあげて、サリカはその手を払いのけた。

そのまま崩れるように倒れこみ、理解不能な言葉を発しながら暴れ始める。

駆け寄った女性たちも、その様子を見ていた村人たちも、あまりの出来事に唖然とし、言葉を失ってしまった。










まじないの外に出たことのない村人たちには、サリカの身に何が起こったのか、理解することなどできなかったであろう。

それは、サリカ本人にとっても同じことだった。

だがこの時、誰にも知られることなく、しかし決定的に、彼女の運命は、滝へと投じられたのであった。










後は落ちてゆくのみ――










やがて、気を失ったのか、大人しくなったサリカを村人たちはまだ当惑した目で見つめていた。

そこへ、人ごみを掻き分け、ヨフテが進み出る。

「何があったかはわからないが、ともかくもサリカは無事に帰ってきた。家へ運んでやろう。本人が落ち着けば、話もできるだろうさ」

彼女の言葉に表情を緩めた村人たちは、サリカを丁寧に抱き上げ、村へと戻った。

村人たちの、そしてサリカの、長い長い一夜が明けたのであった。






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