生きている意味

10.マガナミ -母-


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「もういい加減におしよ」





埒の明かない話し合いにうんざりしたのか、一人の壮年期を過ぎた女性が、すっと立ち上がった。

「あんたたちが決められないなら、あたしが決めてやるよ」

女性は静かに宣言する。





「サリカを探しに行く。あの子は村の子、あたしたちの子だ。あたしたちの掟は、同族を見捨てろと言ったかい?」





場が静まり返り、熱気が冷えて足元に落ちる。

村人は衝撃に身を打たれた。





我々は、一番大切なことを忘れていたのではないだろうか。

周囲がざわめき始める。

そうだ、探しに行こう。

あの子は俺たちの子だ。

あちこちから声が上がり始めた。





その様子を黙って見つめていた族長が、やがて、ゆっくりと腰を上げる。

村人たちの顔を見渡してから、ひとつの決意を持って口を開いた。

噛みしめるように、ゆっくりと発音する。





それは、まるで神の啓示のように、村人たちの心の奥深くに、音を立てて落ちた。





「決まりだ。みな、我らの子を探しに行こう」












この時、サリカを探しに行くと言い出した女性こそ、マガナミに崖を這わせた老女、ヨフテその人であった。




















村中の男手を集めて捜索を開始した。

女は村の家々に火を焚き、夜食を作って男たちを待った。

ヨフテを含む数名の女たちは、自分たちも共にと、捜索に加わった。





始めに、サリカが向かった岩場を集中的に調べた。

しかし、彼女の姿は見当たらない。

周辺をしばらく探索したが、手がかりになるようなものも見つからなかった。

そこで、村人たちは一度村へ引き返した。

そして今度は、村の内部を隈なく探す。

そうして少しずつ探索範囲を広げていった。

もしも村に戻ってきているのだとしたら、それに越したことはないのだ。





誰もが、祈るような気持ちで彼女を探した。










ヨフテは、周囲に意識を払いながら、サリカを想った。

心の優しい子だ。

いつも村のみんなのことを気に掛け、気に掛けていることを悟らせない子。





「ヨフテ、荷物、持つわよ」

ヨフテが、薬草を摘んだかごを両手いっぱいに持って息を喘がせていると、サリカがそっとやってきて、そのかごを奪った。

「年寄り扱いするんじゃないよ」

ヨフテがにらみつけると、サリカは眉をひそめる。

「なによ、若い世代が軟弱に育ったら、ヨフテのせいよ」

いたずらっぽい笑みを返して、力こぶしを作ってみせる。

穏やかに目尻を緩ませて笑うサリカ。





先日、サリカはヨフテを見ると、目をキラキラさせて駆け寄ってきた。

駆け寄ってきたものの、もじもじして何も話そうとしない。

ヨフテは首を傾げる。

「なんだい、用があるんじゃないのかい」

用ってほどでもないのよ、と、しばらく下を向いていたが、ぱっと顔を上げて囁いた。

「ヨフテ、ヨフテ、内緒よ?どうしよう、私、好きな人ができたみたいなの」

言ってから、彼女は顔を紅潮させて、再び目を伏せる。

「ごめんなさい、急に。でも誰かに聞いてほしかったのよ。彼、人気あるから、同年代の女の子には言えないわ。ヨフテなら安心だと思って…」

恥ずかしそうに、そして嬉しそうに話す彼女を見て、ヨフテは、サリカを心の底から愛おしいと思った。





必ず見つけ出してやるからね。

ヨフテは、誰にともなく、小さく頷いた。






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