09.マガナミ -居場所-
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「おばあちゃん、帽子、どうしたの?」
後方から、マガナミよりもさらに一回り小さな男の子が駆け寄ってきた。
老婆の服をきゅっとつかむ。
老婆は顔をほころばせた。
「んー、いい子だ。帽子はこいつが駄目にしちまったよぉ。でも心配しなくていいんだよ。ばあちゃん、すぐ新しいの作ってあげるから」
「えー、ぼく、あれがいいのにー」
少年は、ぷぅっと頬を膨らませる。
「あんなのよりもずぅっといいのをこさえてやるよ。あれはもう穢れちまって使いもんにならないからね」
それでも少年は不服そうにしている。
「そうだ、今からつくってやろう。どんなのがいいんだい」
少年の顔がぱっと輝く。
「鹿の模様のついたかっこいいやつ」
はつらつと答えて老婆の周りをぴょんぴょんと跳ねる。
そのまま立ち去ってしまうかに思われたところ、少年がぷいとマガナミのほうに向き直った。
まだあどけない少年の、どこにそのような感情が眠っていたのだろう。
そこにはあからさまな蔑みの表情があった。
「汚ぇの」
そう吐き捨てると、少年はマガナミに土を蹴り上げて去っていった。
残りの村人たちも去り、誰もいなくなった森に、マガナミは一人取り残された。
胴には木と繋がったロープが括りつけられたままだ。
ボロボロになった帽子を抱えたまま、下を向いていた。
帽子を
きちんと持って帰ってこられなかったからだ。
だから、あの人は怒ってしまった。
あの子にあげた大事な帽子だった。
だから、怒って当然なんだ。
私がちゃんと帽子を持って帰って来さえすれば
きっとみんな、私に笑いかけてくれたはずなんだ。
あの、お祭りのときに響いてた、笑い声みたいに。
雫が、頬を伝った。
胸の中をぐちゃぐちゃに掻き回されたみたい。
あちこちに引っかき傷ができて、ところどころに開いた穴から、ジュクジュク血がにじみ出てる。
帽子を握る、傷だらけの指先を見る。
身体だけじゃなくって、心の中も、怪我してる。
痛い。
痛いよ。
――痛い――
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