09.マガナミ -居場所-
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岩の突き出た部分を目指し、手を伸ばし、足を掛ける。
少しずつ自分の体重をかけ、崩れないことを確認してから身体を移す。
大丈夫、大丈夫。
確認しながら少しずつ降りていけば、きっと大丈夫だから。
自分に言い聞かせながら手足に力を込める。
しかし、緊張した筋肉は、時々糸が切れたように弛緩し、その度に危ういところで体勢を立て直した。
そっと崖の上を見上げる。
村人たちは、無感情にマガナミの動作を眺めていた。
マガナミは、誰かが、冗談だと言って自分を引き上げてくれるのを期待した。
しかし声は振ってはこなかった。
次第に疲れで息が上がってきた。
手の握力がなくなり、足が震える。
想像以上に疲労しているようだ。
岩を掴んだ手が滑った。
慌てて掴み直そうとするが、それもまた滑る。
マガナミはパニックに陥った。
このままでは、たとえ帽子にたどり着くことが出来ても、上まで戻る体力が残っていない。
荒い川の流れが足元でうなる。
少し、ここで息を整えよう。
体力が回復したら、また動き出せばいい。
そうだ、落ち着いて。
暴走する心を必死で押さえつける。
――誰か
怖いよ。
怖いよ。
張り裂けそうな感情が叫ぶ。
「なに止まってるんだい」
老婆の声が聞こえてきた。
同時に、上から何かが降ってきた。
バラバラと音を立ててマガナミの顔に降りかかる。
目や口の中に落下物が入り込んだ。
「やっ」
視界を奪われ、バランスを崩す。
岩をつかんでいた手が空を切った。
瞬間、息を呑む。
全身に重力がかかるのを感じた。
一瞬の落下が、永遠にも思えた。
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