06.サクラと少女と拙い会話
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「あんた、名前はなんてーんだ」
まずは当たり障りのない会話から始める。
初対面でする、ごく基本的な会話だ。
しかし、すぐに返ってくると思った返答はなく、少女は、キョトンとした、というより、途方に暮れた顔をして、再び視線を伏せてしまった。
数秒前に感じた安堵は、どうも誤りだったようである。
部屋に沈黙が流れる。
サクラも困惑したように首を傾げた。
この質問にも答えるつもりがないのか、それとももしかして、元々声が出ないのだろうか、と考えていると、ポツリと小さな声がした。
「………マガナミ」
サクラが安心したように表情を崩す。
「マガナミさんっていうのね?」
「ずいぶんと変わった名前だな」
シカマルが率直な感想を述べると、サクラから激しい圧力がかかった。
女は怖い。
「で、マガナミ、あんたどこの人間だ?故郷は?」
たじろぎながらも話を進める。
マガナミと名乗った少女が、びくりと反応した。
「故郷」
この言葉に、マガナミは目に見えて狼狽した。
乏しかった表情が一変し、あからさまな恐怖が浮かぶ。
唇が震え、少しずつ息があがってきた。
「ちょっと、大丈夫?」
サクラが慌てていすから腰を浮かす。
しかし、サクラの声はマガナミに届いていないようだ。
苦痛の表情に顔を歪ませ、マガナミは、何かと対峙しているかのように、一点を凝視している。
飛び出しそうになる言葉を必死に抑えようとしている、そんな風にも見えた。
両のこぶしをキュッときつく握り締める。
やがて力なく視線をそらした彼女の瞳から、すでに恐怖の色は消え去っていたが、後には、底の知れない深い絶望が漂っていた。
再び沈黙が降りる。
彼女を支配しているものは一体なんだ。
故郷で何かあったのだろうか。
彼女の自分たちに対する過剰ともいえる怯えは、故郷に原因があるのか。
なんにせよ、今この質問に答えを期待することは出来そうになかった。
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