30.風になる
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景色が急速に流れ出した。
引き寄せられるように戻るべき場所へ意識が収斂されていく。
無限に散っていた自分という欠片が一つの場所に集まってくる。
それは少しずつ馴染んで定着していった。
サラは大きな大きなため息をつく。
そして、まるでこの世に生を受けたばかりの赤子のように空気を吸った。
気づくとサラは屋上のベンチに戻っていた。
自分の身体を確かめるように頬に、唇に、腕に触れる。
今見たものは一体なに?
幻?
問い掛けながらもサラにはわかっていた。
それが幻などではないということが。
私は風になって、シカマルの元へ飛んだのだ。
サラはクスリと笑う。
不思議そうな顔をしていたな。
彼には私は見えなかったのだろう。
それも道理。
だって私は風だったのだから。
彼はまだ、私のことを覚えていてくれるだろうか。
ううん、覚えていたとしても、きっと間もなく忘れてしまう。
元々存在しないはずの私の記憶は、私がいなくなれば自然と消えてしまう。
世界が正されるのだ。
あるべき姿に。
けれど、私は確かに居た。
そこに存在して、彼らと交わったんだ。
そして彼らに、かけがえのないものをもらった。
自分がそこにいたという痕跡を残したかった。
たとえ彼らが忘れてしまっても、私の感謝を伝えられるものを残したい。
だからサラは手紙を書くことにした。
長い長い、未来への手紙。
そう、ここへは手紙を書きに来たのだ。
溢れる思いを取りこぼさないように、丁寧に文字を連ねる。
一文字一文字に収まりきらないほどの感謝を乗せる。
語彙が乏しいことがもどかしい。
こんなことならもっときちんと文字を習っておけばよかった。
書く手が震える。
身体が震える。
心が震える。
魂が震える。
彼への想いが、震える。
息を吐く。
そっと封筒にしまい、封をした。
どうか、この想いが時を超えて彼に届きますように。
配達人は…。
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