生きている意味

30.風になる


(6/10)


景色が急速に流れ出した。

引き寄せられるように戻るべき場所へ意識が収斂されていく。

無限に散っていた自分という欠片が一つの場所に集まってくる。

それは少しずつ馴染んで定着していった。

サラは大きな大きなため息をつく。

そして、まるでこの世に生を受けたばかりの赤子のように空気を吸った。



気づくとサラは屋上のベンチに戻っていた。

自分の身体を確かめるように頬に、唇に、腕に触れる。

今見たものは一体なに?

幻?

問い掛けながらもサラにはわかっていた。

それが幻などではないということが。

私は風になって、シカマルの元へ飛んだのだ。

サラはクスリと笑う。

不思議そうな顔をしていたな。

彼には私は見えなかったのだろう。

それも道理。

だって私は風だったのだから。

彼はまだ、私のことを覚えていてくれるだろうか。

ううん、覚えていたとしても、きっと間もなく忘れてしまう。

元々存在しないはずの私の記憶は、私がいなくなれば自然と消えてしまう。

世界が正されるのだ。

あるべき姿に。

けれど、私は確かに居た。

そこに存在して、彼らと交わったんだ。

そして彼らに、かけがえのないものをもらった。



自分がそこにいたという痕跡を残したかった。

たとえ彼らが忘れてしまっても、私の感謝を伝えられるものを残したい。

だからサラは手紙を書くことにした。

長い長い、未来への手紙。

そう、ここへは手紙を書きに来たのだ。

溢れる思いを取りこぼさないように、丁寧に文字を連ねる。

一文字一文字に収まりきらないほどの感謝を乗せる。

語彙が乏しいことがもどかしい。

こんなことならもっときちんと文字を習っておけばよかった。

書く手が震える。

身体が震える。

心が震える。

魂が震える。



彼への想いが、震える。



息を吐く。

そっと封筒にしまい、封をした。

どうか、この想いが時を超えて彼に届きますように。

配達人は…。


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