22.はじめての夏祭り
(9/9)
マガナミは、奈良家の玄関の戸をそっと開けた。
祭りから帰ってきても興奮が冷めず、マガナミはなかなか寝付けなかった。
だから少し外を歩いて熱を冷まそうと考えたのだ。
里は今や夜の静けさを取り戻していた。
聞こえるのは木々や葉のざわめきと虫たちの声だけ。
人々は既に寝静まっていた。
あんなに賑やかだったのが嘘みたいだ。
夜を包む音に耳を傾けながら里の道を歩く。
今日は本当に楽しかった。
夏祭りがこんなに心躍るものだなんて、知らなかった。
食べ物やおもちゃを売るたくさんの屋台、色とりどりの電飾、中央に組まれたやぐら、やぐらを囲んで踊る盆踊り、夜空を埋める花火、子どもたちのはしゃぐ声、人々の笑い声。
雲みたいなわたあめ。
シカマルの笑顔。
――お前がそんなに笑うの、初めて見たぜ。
――どうしようもなく疲れちまった時は、空眺めてボーっとすっと…いいんだぜ。
マガナミは胸を押えた。
鼓動が速くなっていく。
彼の笑顔はすごく眩しかった。
眩しくて、輝いて見えて、たまらなく嬉しかった。
もう一度、あの笑顔が見たい、強くそう思った。
また、笑ってくれる、かな。
角を曲がると、微かに人の話し声が聞こえた。
この時間帯だからだろうか、声を潜めているようだ。
声の種類は二つ。
男性二人が何事かを話しているようだ。
マガナミはなんとなくその場で足を止めた。
「少し時間がかかり過ぎてるな。お前らしくもない」
「すみません。なにせこの体たらくで」
「本当はもう終わってるんじゃないのか?」
「…いえ、あと少しかかります」
「まさかとは思うが、情にほだされるようなことはあるまいな」
沈黙。
「まあいい。滞在時間が長くなれば長くなるほどリスクが増す。急げよ」
「はい」
再び沈黙。
会話は終了したようだ。
マガナミは顔だけそっと覗きこむ。
そこには男が一人佇んでいた。
丈の短い浴衣を羽織り、七分丈の緩めのズボンをはいている。
腰には帯を締めていた。
男はしばらく一点を見つめたまま微動だにしなかったが、やがてゆっくりと踵を返す。
そのまま建物の中へと姿を消した。
マガナミは首を捻った。
今の会話は何なのだろう?
片方の男がもう片方の男に何かを急ぐよう要求していたようだ。
夜に声をひそめて話していたからそう聞こえたのかもしれない。
が、あまり穏やかとは言えない内容だったような気がする。
少なくとも、自分が聞いていい内容ではなかったのではないだろうか。
マガナミは喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
なんだろう、お腹の辺りが苦しい。
何か大きなことが動くような、そんな予感がする。
どうして?
今の話と自分との接点は全く見当たらない。
なのになぜこんなに胸騒ぎがするのだろう。
マガナミはうすら寒い思いを抱えたまま、重い足取りで奈良家へと戻った。
(9/9)
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