19.信じるということ
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夏祭り。
魔法のような言葉を何度も反芻して、マガナミはその素敵なイベントに思いを馳せた。
出店とは、普通のお店とはどう違うのだろうか。
うまい食いもんとは、どんな食べ物だろう。
きっと、空に掛かる虹みたいに七色の味がするに違いない。
たくさんの人がする出し物や踊り。
そんなの初めて。
花火というのはなんだろう?
きっととてもすごいものなんだ。
楽しみ。
本当に楽しみだ。
今度は私も、参加できる。
井染村の例大祭を会場の外から眺めているだけだった自分。
人々の鈴を転がすような軽やかな笑い声を乾いた気持ちで聞いていたあの頃を思い出す。
でも、今度は私も行ける。
行けるんだ。
マガナミの内なる興奮はなかなか収まらなかった。
ようやく心が落ち着いた頃、マガナミが頭を上げると、辺りは薄暗くなってきていた。
三人がここを離れてから随分と時間が経ったようだ。
一体どうしたのだろう。
ほんの少し用事を済ませるだけだと彼らは言っていた。
それにしてはあまりに遅いように思う。
辺りをぐるりと見渡す。
日が落ちてきたせいもあり、森は鬱蒼として見えた。
なんとなく心細くなってくる。
早く戻って来ないかな。
足を胸元に引き寄せて抱え込む。
それから更に時間が経った。
辺りはすっかり暗くなってしまった。
三人はまだ戻らない。
マガナミは恐怖を持て余していた。
暗い森の重圧に怯えているわけではない。
森の中にあった井染村で育ったマガナミにとって、これはごく普通の光景だ。
マガナミの恐怖は、一重に三人の不在から来ていた。
早く帰ってきて。
笑顔でお待たせと言ってほしい。
祈るような気持ちで三人の帰りを待つ。
そして、ある瞬間、マガナミは唐突に気付いた。
「あ…」
言葉が漏れると同時に身体中の力が抜けていく。
腹の底から悪寒が這い上がってきた。
なぜ、今までこの考えに至らなかったのだろう。
わかってみればそれはあまりにも明らかなことだ。
マガナミは震える手を握った。
なのにどうしてこんなに動揺しているのだろう。
どうしてこんなに、傷ついているのだろう。
「そっか…」
諦めるようにポツリと零した。
「置いていかれたんだ…」
――見捨てられたんだ――
自分でもわかっていたはずだ。
一向に何も語ろうとしない自分が、彼らの立場を悪くしていたことを。
彼らは優しいから、何も聞かずに自分を庇ってくれていた。
けれど、それも限界だったのだろう。
だからこうして…。
それ以上は辛くて考えられなかった。
全部自分が悪い。
自業自得だ。
彼らの処置は当然のことだ。
むしろ、こんなに長い間、自分なんかのためによく耐えてくれた。
十分すぎるほどだ。
これ以上何を望む権利があるだろうか。
なのに、それでも彼らを求める自分がいた。
マガナミはくたりと木に身体を持たせ掛ける。
一気に憔悴し、何も考えることができなくなった。
茫然と目の前を眺める。
しばらくそのまま蹲っていた。
――シカマル、いの、チョウジ――
やがてふらりと立ち上がる。
よろめきながらトボトボと歩きだした。
これからどうしよう。これから…。
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