18.こころの泉
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――偉い!お前は私の自慢だよ!
――もう、止めてよぉ!
村で時々目にした光景が浮かぶ。
優しい眼差しを向け、慈しむように頭を撫でる大人、くすぐったそうに、少し恥ずかしそうにそれを受ける子ども。
それを見ていた自分はどんな気持ちだった?
――羨ましかった。
ああ、私、今、嬉しいんだ。
『嬉しい』という感情が自分の中にあったことを新鮮な気持ちで受け止める。
でも、この気持ち、初めてじゃない。
シカマルが鹿威しのことを教えてくれた時、サクラとチョウジが尋ねて来てくれた時、いのがシオンの花をくれた時、同じ気持ちになった。
その時は気付かなかっただけだ。
自分の気持ちに気づいて、急に恥ずかしくなってきた。
顔に血が上ってゆく。
「あれ?マガナミ、顔真っ赤よ!」
いのがマガナミを覗き込む。
マガナミはより一層顔を赤くした。
上目づかいでチラリとアスマを覗き見ると、彼は変わらず笑みを浮かべている。
その穏やかな眼差しに胸がジンとした。
私、この人たちに受け入れられてるんだ。
マガナミは心からそう思った。
私、ここにいていいんだ。
――自分の正体さえ明るみにならなければ。
それからマガナミは、少しずつ外に出るようになった。
奈良家の人間やサクラ、いの、チョウジ以外の人々ともポツポツ会話するようになり、家の中での口数も増えた。
ヨシノもシカクも笑顔で話を聞いてくれた。
娘ができたみたいで嬉しいと言われて、マガナミは心臓が飛び出るほど感激した。
このまま、ずっとこうしていられたらいいのに。
マガナミは切実にそう思った。
けれど、大きな懸念が残る。
自分が井染一族の人間であり、そこで忌み子と呼ばれ、そして、一族の宝『言笛』を盗んだ犯人として追われている…追われている可能性があることが知られてしまったら、ということだ。
そうなれば、おそらくもうここにはいられない。
奈良家の人たちは、自分の正体がわからないから、それを調べている間自分を預かってくれているのだ。
いつまででもいてくれていい、そう言ってくれたけれど、正体がばれてしまえばきっと話は違ってくる。
みんなは、自分の正体を知ったら、どう思うだろうか。
軽蔑するだろうか。
嫌いになるだろうか。
シカマルは、どう、かな。
最初はぶっきらぼうで恐い人だと思っていた。
けれど、そんなことはないのだと今では思う。
口調はそっけないが、きちんと最後まで手を離さないでいてくれる。
だって、自分を助けてくれて、奈良家に置いてくれたのは、他でもないシカマルなのだ。
ヨシノやシカクのように目に見えて優しいわけではないけれど、後ろから見守ってくれている。
そんな気がする。
彼の姿を見るとなんとなく落ち着くのだ。
彼は、自分の正体を知ったらどう思うだろうか。
マガナミは、自分を静かに見据えるシカマルを頭の中に見る。
彼は公正な人だ。
ものの道理を知り、正しい目で世界を見る。彼を知って間もないけれど、彼がそういう人だということはわかる。
だからこそ、反応が気になった。
彼に拒絶されることは、世界の理に拒絶されることに等しいような気がしたのだ。
知られたくない。
知らないままでいてほしい。
これからも自分に笑顔を向けてほしい。
自分を受け入れていてほしい。
マガナミは胸に手を当てて目を閉じた。
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