15.一歩近くに
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母親の言葉の意味は、すぐにわかった。
最近、マガナミは部屋の前の縁側で庭を眺めていることが多かった。
その日も同じように縁側にちょこんと腰を下ろし、ジッと庭に視線を向けていた。
一定間隔で鹿威しが乾いた音を響かせる。
その度に、音につられるように小さく首を傾げていた。
「好きなのか」
声を掛けると、マガナミは驚いたように振り返った。
「庭」
そう言って庭に目を移す。
するとマガナミも庭の方に向き直って小さく頷いた。
鹿威しが小気味よい音を鳴らす。
その音にマガナミが反応した。
「ずいぶん気に入ってるみてぇだな、その音。お前ん家にもあんのか?」
マガナミはこちらを見て、ゆるゆると首を横に振った。
「なんて言うか、知ってっか?」
もう一度、今度はさっきよりも早く首を振る。
そして、じっとこちらを見つめてきた。
ああ、この目か。
シカマルは苦笑とともに納得した。
彼女の力のこもった視線は、口にしなくても、はっきりとあることを訴えていた。
教えて、と。
「添水(そうず)ってんだよ。そいつぁ元々、田畑に被害を与える獣なんかを追い払うために作られた装置なんだ。別名、鹿威し(ししおどし)っつってな、どっちかってぇとこの名前の方が知られてる」
マガナミは目を大きくして、口をぽかんと開いたまま小さく頷いた。
興味深々といった様子だ。
「うちはこの辺りの鹿を統べる一族でよぉ。ホントはあんまり縁起のいいもんじゃねぇんだが、親父がどうしても庭に欲しかったらしくてな」
嬉々として庭に設置していた自分の父親を思い出し、シカマルはため息をついた。
マガナミは不思議そうに瞬きをする。
「まぁそういう用途に使われてたのも、もう昔の話だ。今は専ら風流な設置具として、こうやって庭先なんかに置かれてる。道具も、時代によって役割や価値が変わってくもんだ」
決して幸せそうには見えない少女。
全ての刺激に怯え、身を固くしている少女。
それはおそらく、彼女の過去の記憶からくるものなのだろう。
ここは違う。
少なくとも今は、そんな風に自分を追い込む必要はないのだ。
それを伝えてやりたかった。
「あんまボーッとしてて、風邪引くなよ」
けれどそんなストレートな言葉、どこか白々しいような気がして、口にはできない。
そっけなくそう言うと、シカマルはその場を後にしたのだった。
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