迷い猫を捨てないで

14.え?何の冗談ですか


「でもよかった。動物たちの怪我も大したことなかったことみたいだし、みんなも無事で」

ペトラはホッと頬を緩めた。

「にしても、やることが姑息だな。子どものケンカに毛が生えたレベルだろ」

グンタが眉を顰める。

「それが地味に効くって知ってるんだろ。実際、従業員も相当消耗してたしな」

エルドはため息交じりに応じる。

「イルメラさんだけは狂犬みたいになってたけどな」

オルオがカラカラと笑った。

「よりによって俺たちが遠征に出てる時になぁ」

グンタは低く唸る。

「ま、狙ったんだろうけどね。主にリヴァイのいない時期を」

唐突に奥から声が響いて、四人は振り返った。

手をひらひら振りながら、ハンジが四人の元へ歩み寄ってくる。

でしょうね、とエルドが頷く。

ペトラはため息をついた。

「イルメラはよく頑張ったんじゃないかな。元々臆病な彼女にはきつかったと思うよ」

一同は沈黙した。

各々が顔中に疑問符を浮かべ、首を捻る。

ハンジが口にした言葉の意味を反芻している。

そして、ようやくその意味を実感した彼らの胸の内には、驚きという感情が芽生えた。

「は!?」

四人は口を揃えた。

「え?誰が臆病って?」

「だから、イルメラ」

「あの誰彼構わず食って掛かっていくイルメラさんのどこが臆病なんスか!」

ハンジは苦笑する。

「ま、そりゃ君たちからすればそうなるよね」

そしてスッと表情を改めた。

「あれはイザベルとファーランの代わりをやろうとしてるんだ」

「イザベルとファーラン…って、兵長の仲間だった…?」

ハンジはグンタに頷く。

「素直で起伏の激しいイザベルと、緩衝材で諌め役のファーラン。ま、諌め役ってところは、諌めてるって言うよりただ突っかかってるだけになってるけどね」

「本来のイルメラさんはそうじゃないと?」

エルドが尋ねる。

「イルメラはここに来た当初、リヴァイから離れようとしなかったよ。口数も少なかったしね。多分だけど、兵士として壁外遠征に参加したのも、リヴァイから離れないためというのが理由の全てだったと思う。彼女はいつも不安そうな顔をしてたよ」

「イルメラさんの不安そうな顔って…想像できないですね」

ペトラに同意してオルオが頭を掻く。

「それに、兵長と離れないためだけに、臆病な人間が壁外なんかに行くもんスかね?」

「うーん、そこなんだけど、壁外での彼女はむしろ冷静だったよ。リヴァイがいれば平気だと信じていたのか、身近に死を感じると逆に冷静になるタイプなのかはわからないけどね。エルヴィンは彼女のそんなところを買ってた。兵士には臆病な人間の方が向いていると言う話もあるだろう?」

「なのに、イルメラさんは事務に移った?」

エルドの探るような声色に、ハンジは頷いて見せる。

「仲間を失って、兵長が唯一生き残ったイルメラさんを守るために異動させた…とか?」

ペトラの視線が宙を泳ぐ。

「事務職に移ったのは、イルメラ自身の意志だよ」

「え…でも、イルメラさんは壁外についていってまで兵長と離れなかったんじゃ…」

「うん、彼女に一体どんな心境の変化があったんだろうね、数度目の壁外遠征から帰還した時、突然エルヴィンに申し出たんだ」

「そう、なんですか?」

ペトラは顎に手を添えて視線を伏せる。

「――兵長は、何て?」

「何も。黙って彼女を見てたかな」

「そう…ですか」

「その日からだよ、彼女がああいう性格になったのは。いや、ああいう性格を演じ始めたのは、と言うべきかな」

四人は、誰からともなく互いの表情を窺うように顔を見合わせた。





(20141005)


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