迷い猫を捨てないで

12.安西先生、バスケがしたいです


それからというもの、商会からの嫌がらせは絶えなかった。

店の前にゴミがばら撒かれていたり、

――うわっ、何だこりゃ!オルオ、掃除しといて!オルオ!?あ、しまった、あいつは壁外遠征中だった。

外に置いておいた備品が無くなっていたり、

――は!?無い!オルオのやつ、また壊したの?あ、あいつは壁外遠征中だったか。

原材料の購入を妨害されたり、

――材料が売り切れぇ!?オルオに直接取ってこさせといて。え?壁外遠征中?

店にイノシシが突っ込んできたり。

――どおりゃああ!!負けんんん!!



「イルメラさん、このままじゃ店が持ちません!」

「みんな…」

みな疲労が溜まっていた。

通常の業務処理に加え、トラブル対応、そのトラブルからくるクレーム処理。

業務量は通常の倍以上だった。

肉体的にも、何より精神的に従業員たちは追い詰められつつあった。

「がんばろう?ゴミは片付ければいいし、備品は鍵のかかるところに入れておけばいいし、材料の方は今、副団長が動いてくれてるから!」

「それは…」

「そうですけど…」

従業員たちの表情は暗い。

「もうすぐ兵長も帰ってくるし、こんな体たらくじゃ散々こきおろされちゃう。持ち直さなくっちゃ!」

「はい…」

このままじゃまずい。

従業員のモチベーションは危機的状況だ。

何とかしなくては。

イルメラは頭を捻る。

何かみんなを元気づけられる言葉があればいいんだけど…。



そして、その言葉は天啓のように降ってきた。



イルメラはその感動のままにみんなを振り返った。

いい感じで後光も差してくる。

舞台は整った。

イルメラは可能な限り柔和な笑みを浮かべる。

「諦めたらそこで試合終了だよ」

従業員たちの目が見開かれてゆく。

間もなく肩が震え出し、数人の瞳からは涙が流れ出した。

そう、みんな、思い出して。

「もう一度思い出して。あの頃の熱い気持ちを」

おお、と呻き声が漏れる。

「あの辛かった練習を。流した汗を。煌めく青春を!」

ブルーノが大量に流れ落ちる涙を腕で拭う。

「安西先生…バスケがしたいです…」

「この胸の内から込み上げてくる情熱は何だ…?安西先生って誰?そして、バスケッて何なんだ…?」

「わからない…わからないけど…俺たち、今からでもやり直せるだろ!」

「そうだ…!みんな、バスケやろうぜ!」

「ああ!!」

という感じで、とりあえず従業員たちのモチベーションは、これからもバスケをやる方向で固まった。

全国制覇を固く誓った一同は、円陣を組んで気合を入れた後、それぞれ帰路を歩んでいった。



イルメラは店内に目を向ける。

ガラスの向こうでは、動物たちが寛いだ様子で重い想いの体勢を取っている。

あの子たちも気をつけてあげないと危ないかもしれないな。

そんな風に思いながら、兵舎への道を歩き出した。





翌日、イルメラはすぐにでも対策を打たなかったことをひどく後悔する。

危険性に気付いていたのに、何故それを放置したのかと、自分を深く責めることになる。

――お前は管理者だろう。なぜ問題を先送りにした?

――疲れていたからだ。今日はもう帰って寝たかった。

――動物たちが危ないと察知していながら見殺しにしたのか?

――そんなつもりはなかった。ただ、まさか明日ということはないだろうと――

――お前は管理者失格だ。

――まったくもってそのとおりだ。





(20140924)


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