その手をつかんで

24.意外性効果


「武道館はこっちだ」

ブラウンくんを先頭に、私たちは空手部の部活見学へ向かった。

メンバーは、当初の予定通り、ブラウンくん、アニ、フーバーくん、マルコ、私の五人だ。

道場に到着すると、ブラウンくんは一度立ち止まって、綺麗に一礼した。

「ちわっ!失礼します!」

ハキハキとしたよく通る声に、私は、ほうとブラウンくんを見上げる。

アニとフーバーくんも同じようにして入っていった。

普段は気怠そうにしているアニも、オドオドしているフーバーくんも、凛とした芯の通った声だった。

いつもと違う一面を目の当たりにして、私はドキドキしていた。

三人はずっと、こうやって部活に励んできたんだなぁ。

失礼します、とマルコが後に続くのを追って、私も道場の戸をくぐった。

「し、失礼します…」

「おう、来たか!」

空手着に黒帯を締めた体格のいい男の人が出迎えてくれた。

と言っても、もちろんブラウンくんたちを、だ。

お久しぶりですと挨拶を交わす彼らを尻目に、二人一組になって組合っている部員たちを眺める。

「全部で六人か。少ないんだな」

マルコが呟いた。

私は頷く。

私は中学時代はバレー部とメジャーな団体競技だったから、部員は一学年だけで十人はいたのだ。

しかし、おかげで練習場は広そうである。

「後ろの二人は?」

話がこちらに向いたらしいので、私たちは向き直って頭を下げた。

「アニが口説いて連れてきたんですよ」

ブラウンくんがアニの背中を叩いて笑う。

「お前がか?」

アニは迷惑そうにブラウンくんを睨みつけてから、黒帯の人に頷いた。

「まぁ、そういうことになりますかね」

「ほう、珍しいな。だがよくやった!」

黒帯の人もアニの背中を叩く。

アニは対処に困った様子で眉を寄せた。

「先輩…不必要な暴力は言語道断って言ってませんでしたっけ?」

「スキンシップの範疇だ、これは。それよりお前ら、空手着は持ってきたな?着替えてこい!後ろの二人はー…男サイズならあるんだけどなぁ…」

「あ、私は…」

見学だけで結構と言おうとしたところで、アニが割って入る。

「あんたのは私が持ってる」

「へ?」

「来な」

腕を掴まれ、問答無用で連行された。

背後で先輩が「準備がいいなぁ!」と笑っているのが聞こえた。



アニに空手着を着せてもらって、私たちは道場に戻ってきた。

そこには、既に着替えを済ませた男子三人が待っている。

なかなか似合うな、なんて言ってくれたけど、着ているのが空手着だから複雑だ。

「よし、ライナーとベルトルトは適当に組んでろ。マルコくんだったな、君は俺と。クローゼさんはアニについて」

あれよあれよという間に体験のようなものをすることになってしまった。

しかし、元々運動が好きな私は、もうすでにワクワクしていた。

「まずは基本的な構えから。肩幅程度に足を開いて、左足を一歩出す。体全体で斜め45度を向いて、左足だけ前に向けて」

「うん」

「お腹引いて、少し猫背になって顎を引く」

「うんうん」

「はい、肩だけ正面」

「こう?」

「違う。体は斜め45度のまま。肩だけ正面」

「ええ?痛たた…」

「次、右手を頬の横、左手を肘90度にして目と口の間の高さに突き出す。これが構え」

「アニー…苦しいんだけど」

かなり窮屈だし、無理な格好のように思えてしまう。

今、相手に仕掛けられたところで一歩も動けない気がする。

「慣れないうちはね。でも、これが一番大事なんだよ」

「う、うん…なんとなくわかるよ」

アニはクスリと笑った。

「とはいえ、体験で構えばっかりやっててもつまらないからね。蹴りでもやってみる?」

私は頬を上気させた。

「えっ、ホント!?」

「見本見せるから下がって」

アニは姿勢を正すと表情を引き締めた。

次の瞬間、ごく僅かなモーションから鋭い蹴りを繰り出した。

足は綺麗な弧を描く。

蹴り上げた状態でピタリと静止したその姿は、芸術家が彫った彫刻作品みたいに美しかった。

私は歓声を上げる。

「すごい!綺麗!」

「あんたもこのくらいできるようになるよ」

「そうかなぁ…」

「とりあえず蹴ってみな」

「あ、うん」

私は見よう見真似で足を振り回す。

が、足は情けなくふにゃふにゃと宙を揺れ動き、おまけに軸足もぶれて、よろめきながら着地した。

「足首から蹴りにいくんじゃなくて、太ももから蹴りにいくの」

「…アニぃ…もう一回やってー」

アニはふと別の方向を向いた。

「私よりいい見本がいるよ」

振り向いた先には、組み手をしているブラウンくんとフーバーくんがいた。

と、ブラウンくんの正拳をさばいたフーバーくんが、その流れのままに大きく足を振り上げた。

彼の長い足がダイナミックに半円を描く。

ブラウンくんがそれを腕で受け止めた。

汗がキラキラと光る。

いつも少し硬いフーバーくんの表情は、今は生き生きとしていた。

目には生気が宿り、口元には笑みが浮かんでいる。

空手が楽しくて堪らないといった感じだ。

「うわぁ…」

私は思わず見惚れた。

アニの蹴りだってとても綺麗だったが、長身の彼が打ち出す蹴りは格別に映えた。

それに…こんな顔もするんだ、この人。

道場に来た時から、彼の意外な一面が目についた。

そして、意外性は時に、胸を騒がせるものだ。





(20140221)


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