23.僕の幼なじみ
「高校生活はどう?」
「んー、まだ五日なのに、なんか濃かったなぁ」
「確かにね。まあ、一番情報量が多い時期だしな」
「うん。マルコなんか、隣のクラスにも知り合い作っちゃうし」
「それはルーラだって…そういえば、図書委員の集まりはどうだったんだ?」
「あ、うん。そっか、そういえば私も他のクラスに知り合いできたや。マルコと一緒にデニーズに行ったっていう、アルミン・アルレルトくんとベルトルト・フーバーくん、それから、B組のクリスタ・レンズさん」
僕は予想していなかった名前にピクリと反応する。
そうか、クリスタも図書委員なんだな。
「へえ。クリスタとは仲良くなれそう?」
「え?」
ルーラは目をまん丸にした。
「マルコ、レンズさんと知り合いなの?」
僕は顔を強張らせた。
しまった、やってしまった。
つい、あの頃と今の境界が曖昧になる。
気をつけなければと思っていたのに。
「いや、アルミンの幼なじみと同じクラスの子だろ?すごく綺麗な。話題に上がったんだ」
ちょっと、いや、かなり苦しいか。
ルーラのこめかみに筋が入る。
まずい。
怒ってるぞ。
「話題に出ただけの、知り合いでもない女の子を呼び捨てにするの?すごく綺麗な女の子だから?確かにレンズさん、すっごい綺麗だったよ。品もよさそうだし?髪はサラサラだし、目はクリックリだし!」
「ち、ち、違うよ。そういうことじゃない」
「じゃあ、どういうこと!?」
これは分が悪い。
下手に言い訳をすると逆効果になりそうだ。
だから僕は話題を変えてしまうことにした。
「ルーラこそ、ベルトルトとずいぶん親しそうだったじゃないか。いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
これは、僕が本当に気になっていたことでもある。
金曜日の昼休み、至極嬉しそうにベルトルトの手を取るルーラを見た時、僕の心はひどく乱れた。
なりふり構わず彼女の手を取って、その場を立ち去りたい衝動に駆られすらした。
抑え込むために握った拳は、多分震えていただろうと思う。
ジャンは、もしかしたら気付いていたかもしれない。
クラス表で彼の名前を見た時、そう遠くないうちに二人は出会うだろうと確信していた。
そして実際にそうなった。
わかっていた。
その先の覚悟もしたつもりだった。
だが、それでも僕はかき乱された。
――あの頃、あいつらが付き合ってたのは、オレも知ってる。だが、ありゃ過去のことで、オレたちとは関係ない。
ジャン、そう簡単にはいかないんだ。
――バカだな。
本当に、そうかもしれない。
ルーラは一瞬怯えた表情を見せる。
しかしやはり無意識のようで、すぐに焦りが浮かんだ。
「し、親しくなんて…!あれはただ…」
「ただ?」
「…廊下でぶつかったのを謝りに来てくれただけ」
「ふーん。優しいじゃないか」
「突っかからないでよ。ホントに、フーバーくんが優しい性格なだけで…」
ルーラが思案顔になった。
僅かに表情が曇る。
「優しそうな人なのに…」
「どうしたの?」
「…苦手なの」
そうか、やっぱりベルトルトに対してもそうなんだな。
「どうして?」
「よくわからないけど。ひやっとするの。落ち着かなくなる。あんなに穏やかで大人しそうな人なのに…なんか怖い気がするんだ。どうしてかな」
僕は困惑するルーラを静かに見つめる。
ルーラ、それは多分、「恐怖」ではないんだ。
自分が出会った運命に、尻込みしているしているだけなんだよ。
「ルーラがそう感じるのは、ベルトルトだけ?」
「え?」
ルーラは虚を突かれた表情で僕を見返した。
そして視線を伏せる。
「ねぇ、マルコ、私ってさ、人見知りする方だったっけ?」
「いや。少なくとも中学までは、そんなことなかったと思うよ」
「だよね…」
顔を上げたルーラは歯に物が詰まったような顔をしていた。
「高校に入って、苦手だなって思う人が増えたの。いい人だって思ってるのに、それと全然関係ないところで、怖いって思う。話してる時はすごく楽しいのに、後でどっと疲れるんだ。変だよね」
「それは、ライナーやアニに対してだね」
ルーラは驚いたようだった。
「それから、ジャンもだ。違う?」
今度ははっきりと動揺を見せる。
「気付いてたの?」
「時々、ジャンと目が合った時に体を強張らせてたことには気づいてたよ。同じような反応をライナーやアニにしてたことにも」
「ほ、本人たちは気付いてるかな?」
「どうだろう」
「失礼だよね。でも、自分でもどうしてなのかわからなくて。好きか嫌いかって聞かれたら、好きだと思うの。ブラウンくんもアニも、ジャンだって、キツイとこもあるけどいいやつだってわかってる。なのに…何でかな…」
ルーラは混乱しているようだった。
縋るような目で僕を見つめる。
ルーラがこの目をする時は、いつもあの世界の欠片が見え隠れしている。
その度に僕は揺れるのだ。
その欠片をルーラの手にそっと握らせるべきか、砕いてしまうべきか。
「もう少し、彼らと過ごせばわかるかもしれないよ」
「え?」
「その苦手意識が何で、どこから来るのか。どうすればなくなるのか」
僕にはわからないんだ。
ジャンの言うとおり、自分自身のために道を選べばいいのか――だとしたら、そのためにはどの行動が正しいのか――
それとも、大切な幼なじみが傷つかないで済む道を選べばいいのか――だとしたら、そのための正しい行動は何なのか――
「そうかな?」
僕は、こんな逡巡をしていることも知らずに僕を信じ切っているルーラを直視できなくなった。
だから、空を見上げることで誤魔化す。
「うん、きっと」
空には、鳥が二羽、じゃれ合うようにして飛んでいた。
――星が木の実みたいに生ってるとしたら、それを食べられるのって鳥くらいだと思わない?
ふと、『あの時』のルーラの声が頭に響いた。
日が差す青空に夜空がダブる。
――人類がみんな鳥になれたら――いいのにね。
僕はこう返した。
――でも、人は死んだら星になるって言うだろ。僕らは鳥じゃなくて、星になるのかもしれないよ。
それもいいかもね、とルーラは言った。
――私たちが星になって、鳥を生かすの。
僕にとって気まぐれな鳥のようだったきみは、きっと生まれ変わるなら鳥だろう、と僕は思った。
きみは大きなベルトルトを小鳥のようだと言った。
――僕はきっと星になるから、ルーラとベルトルトと二人で食べにおいでよ。
あの時にした約束を僕はまだ覚えているよ。
だけど――
――大丈夫。二人でもお腹一杯になるくらい、大きく生っておくから。
僕はそんなには大きく生れなかったのかもしれない――
それからしばらく、担任や各教科の先生の話をしたり、部活の話をしたりしながらブランコを揺らしていた。
やがて映画の時間が迫ったので、僕とルーラは、また来ようと約束して、小学校を出た。
(20140214)
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