その手をつかんで

21.休日の二人


私は砂漠を歩いている。

見渡す限り、どこまでも続く、乾いた砂地。

遮るもののない平地に燦々と降り注ぐ太陽は、私の体力を容赦なく奪ってゆく。



喉が渇いていた。

私は水を求めている。



だが、同時にひどく水を恐れていた。



私は知っている。

この砂漠の下には、膨大な量の水が眠っていることを。

この砂漠は、地下に鎮座する静謐な泉を閉じ込めておくための封印であり、墓なのだ。



泉はその役割を終えたはずだった。

だから、もう二度と外に出てこないように、地中深くに沈めて封じたのだ。

二度と、目にしなくて済むように。



なのに今、泉が泡を立てる音が聞こえてくる。

泉が息を吹き返しつつあることに、私は恐怖を感じていた。



決して地上に出してはいけない。

砂漠の下に閉じ込めておかなければならない。



私は激しい焦燥感に襲われている。



だが、どこから泉が湧き出してくるのかを見張るには、砂漠はあまりに広大だった。







重たい瞼を上げて、目を擦った。

ずいぶん疲れる夢だった。

ひたすら砂漠を歩く夢。

しかも、私はえらく焦っている。

地下から水が染み出してくるのを恐れて、顔を引きつらせている。

なぜなんだろう?

砂漠で水なんて、天の助けじゃないか。

むしろ渇望してしかるべきものなのに。

まぁ、夢なのだから、深く考えても仕方がない。

そこに理屈なんて存在しないだろう。

半ば眠ったままの身体を引きずるように起こす。

目覚しに目をやって、数秒間固まった。

私ははね起きて部屋の窓に跳びつく。

「マルコッ!!」

地上を見下ろす私の目に、こちらを仰ぐマルコの姿が映った。

もう準備万端で、私の家の前で待っている。

どう見てもパジャマ姿の私に、マルコはおやおやといった様子で笑った。

「ごめん!あと30分ちょうだい!玄関入って待ってて!」

マルコは頷いて門扉をくぐった。



私は大急ぎで支度を開始した。

――ね、明日用事ある?部活始まったら休日も自由利かなくなっちゃうし、遊びに行こうよ。

誘ったのは私である。

すったもんだの末、私が息を切らしてマルコの前に立ったのは、約束の時間から25分を経過した頃だった。

私は顔の前で両手を合わせる。

「ゴメンゴメンゴメン!!」

マルコはクスクスと笑った。

「大丈夫だよ。おかげで今日は雨の心配はなさそうだ」

私は口を尖らせたが、もちろん言い返せるはずもない。

マルコの手が頭に伸びてきて、そっと髪を梳いた。

触れられた部分に痺れたような感覚が残る。

私は感触を辿るように、自分の手を当てた。

マルコは、清潔感のあるネイビーのシャツにベージュのパンツという服装だった。

いつもの彼らしいシンプルな格好なのに、なんだか目新しく映る。

私は自分の服を見直した。

白いブラウスに赤いカーディガンを羽織り、下はブルーグレイのフレアスカートを合わせている。

スカートを履いてきてよかったな、なんて思った。

マルコは小さく笑う。

「髪、ボサボサだぞ」

「えっ!?そう!?」

私は慌てて両手で髪をなでつける。

一応櫛は入れたんだけどな。

「どう?直った?」

「うん、まぁいいか」

まあ、という言い方が気にはなったが、これ以上待たせるわけにもいかない。

「ならいいや。行こ!」

自分でつくった遅れを取り戻すように、勢いよく家を飛び出した。

「それで、どうしたいかは決まった?映画まではまだ時間あるだろ?」

「うん、この前話してた、公園の近くの喫茶店行かない?」

「ああ、新しく出来たっていう」

「そうそう。みんな、わりと雰囲気いいし美味しいって言ってたから」

「じゃあ、そうしようか」

「うん」

特にタルトは絶品らしいので楽しみだ。



今日はよく晴れいていて暖かかった。

通りをすれ違う人々の顔も穏やかに見える。

いい休日を過ごせそうだ。

「いい天気だね」

「うん。あったかいな」

公園まではずっと住宅地が続いている。

家の庭先から覗くハナミズキが花をつけ始めているのを見て、あっという間に季節が動いていくなぁとしばし感慨に浸った。

この分だと、ツツジも間もなく咲くだろう。

目を移すと、マルコは左方を見やって目を細めていた。

「どうしたの?」

「ん、懐かしいなと思って」

マルコの視線の先には私たちが通っていた小学校があった。

クリーム色の校舎が住宅街の一角を切り取っている。

緑色のフェンスの合間からは、校庭と遊具が見えた。

「ホントだー。久しぶり!中学の時は逆方向だったもんね」

マルコはにっこり笑う。

その表情に、幼い頃の彼の顔がダブった。

昔のマルコは、まるで太陽みたいに顔をキラキラさせて笑った。

光が零れそうだと、無邪気なあの頃は本人に言ったこともあったっけ。

マルコは恥ずかしそうに目を伏せて、また白い歯を見せて笑った。

私はその笑顔が大好きだった。

もちろん、少し大人になったマルコの、優しく包み込むような笑みも好きだけど。

懐かしさで胸が熱くなる。

衝動的にマルコの手を取った。

「ね、行き先変更!小学校に行こう!」

腕を引かれながら、マルコは破顔した。

「僕もそう思ってたところ」

久しぶりに見た少年のようなマルコに、また胸が熱くなった。





(20140204)


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