その手をつかんで

15.日々が回り出す


私は戦慄している。

目の前に突き付けられた二択に困惑し、狼狽し、絶望している。

どちらを選ぶこともできずに、固く目を瞑っている。

――選んでくれ――

私は恐怖した。

無理だ。

選ぶことなどできるはずがない。

どうして、何故こんな苦しい選択をしなければならない。

私には無理だ――

首筋に手が掛かる。

少しずつ圧力が増し、喉を締め上げていく。

体内の酸素が失われていく。

でも、私は抵抗しない。

こうなることはわかっていた。

――仕方ないんだ。きみが選べないから。だから、こうするしかないんだ――

そうだ。

私が臆病で、卑怯で、我が身が可愛くて何も決められないから。

だから、こうなるんだ。

全部私が悪いんだ。全部――



あなたを幸せにしたかったのに。



走る。

走る。

全ての神経に命令を出して。

願う。

願う。

彼を助けて。



彼を助けて。








私は目を見開いた。

息が弾んでいる。

全身にびっしょり汗をかいていた。

ベッドに寝ているとわかると、安堵で身体が震えた。

「ルーラ?大丈夫?」

横の布団から起き上がったマルコが、心配そうに私を窺う。

「ん?あ、うん。大丈夫」

「嫌な夢でも見た?」

私は首を傾げた。

「うん?うーん…よく覚えてないや。夢なんか見てたかな?」

程よい疲労感はあるが、頭は真っ白で覚えているものは何もない。

きれいさっぱり空っぽだ。

マルコはゆるりと笑んだ。

「ならいいんだ。どうする?もう起きる?それとも、もうひと眠りする?」

時計は五時半を指している。

あと一時間は眠れる計算だ。

「あ…ごめん起こして。マルコはどうする?」

「僕は目が覚めただけだよ。ルーラと違って寝起きがいいからね。僕は起きる。大丈夫、静かにしてるから、寝てもいいよ」

私は首を振った。

「ううん。私も起きる」

マルコはおもむろに私の額に手を当てる。

「うん、熱はないみたいだ。風邪を引かなくてよかった」

そうか。

昨日、雨の中濡れたままでいたから気に掛けてくれたのだ。

「おかげさまで。ありがとう」

マルコはにっこり笑った。

「おはよう、ルーラ」

「おはよう、マルコ」

さあ、今日から本格的に高校生活、開始だ。





教室に入ると、既にアニの姿があった。

私はひらりと手を振る。

「おはよう、アニ」

「おはよ」

アニも短く返事を返してくれる。

「よう」

「おはよう」

ジャンとマルコも、軽くアニに挨拶を投げた。

席に着くと、ブラウンくんが声を掛けてきた。

「よお。昨日は悪かったな。あの後もしばらく残ってたんだろ?」

「おはよう、ライナー」

「おう、まーな。ベルトルトから聞いてねえのか」

「多少は聞いたが、どうも要領を得なくてなぁ。元々口数の多いやつじゃないんだが。まあ、あいつのこと、よろしく頼むわ」

マルコとジャンは顔を見合わせ、それからライナーに向かって頷いた。

「もちろんだよ」

「クローゼはアニと帰ったんだったな。誤解されやすいが、いいやつだろ?」

「うん。ブラウンくんのことも色々聞いたよ。サラリーマン助けた話とか」

ブラウンくんは咄嗟に、余計なことをと顔をしかめ、それから照れくさそうに笑った。

「ま、見ちまったら、ほっとけねえからな」

「ほっとくよ、普通は。それか、こっそり警察呼ぶとか」

「警察なんか待ってたら逃げちまうだろうが」

「ま、そうなんだけど…」

私は苦笑いするしかない。

「ブラウンくんとアニともう一人の幼なじみの子、空手部だったんだってね」

「おう」

「高校でもそのつもりだって?」

「まあな。お前はアニに誘われてるらしいな」

「うん、まあ」

「どうするんだ?」

「迷い中」

「そうか。まあ見学だけでもしてみろよ。もうすぐ部活見学始まるだろ。オレたちも行くつもりだし、一緒に行くか。ジャン、マルコ、お前らもどうだ?」

「うん、そうだな。僕も行ってみようかな」

「オレはパス。入るトコ決めてるし」

「そうか。よし、じゃあまた声掛ける」

ちょうどスミス先生が教室に入ってきたので席に着く。

他の生徒たちも一斉に自席に戻り、落ち着いたところでスミス先生の号令が響いた。





(20140104)


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