キミ的スピリット

06.アニ的スピリット


「あんまりちょろちょろされるとうっとうしいんだけど」

私はため息をついた。

視界を行ったり来たりしている少女は、私たちが束縛されている重力とは無関係の動きをしている。

最近、一部の同期連中が騒いでいた幽霊というのは、どうやら本当にカヤ・アーレンスらしい。

無関心を貫いてきた私もそれを認めざるを得なかった。

これだけ目の前で存在をアピールされては仕方がないというものだ。

少女は全く悪びれる様子もないのに、口だけゴメンと言った。

私は再びため息をつく。

「ここにいても、面白いことは何もないと思うけど」

カヤは先程より心持ち遠くをふわふわ飛んでいる。

が、離れていく気配はない。

何が楽しいのか、にこにこと笑みを絶やさない。

『アニ』

口の形で私を呼んだのがわかる。

「なに」

カヤは私が反応したのを見て、満足そうに笑っている。

名前を呼んだことに特に意味はないらしい。

もうため息をつく気にもなれなかった。

「他の連中はまだ訓練場にいるよ」

暗にそちらへ行けと促す。

カヤはキョトンと目を瞬かせて、ああ、と手を叩いた。

そして私の手を引く。

『行こ』

違う。

そうじゃない。

「私はいいよ。特に用事ないから」

カヤは不思議そうに首を傾げて更に手を引く。

だからなんだと言わんばかりだ。

「だから、あんただけで行きなって言ってんの」

カヤは手を止めた。

窺うような視線を向ける。

『一緒に』

私は額に手を当てた。

全く話が通じないので対応に困っている。

だから、いつもなら避けて通る同期の騒ぎ声が近づいてきた時、それが天の助けのように思えた。

「あ、アニ。あれ?カヤも一緒だったんだ」

声を掛けてきたのはクリスタだ。

カヤはパッと手を振る。

クリスタも微笑んで手を振り返した。

「カヤ、元気にしてた?」

幽霊に元気かという質問もどうかと思うが、突っ込むのも面倒なので黙っている。

カヤは力こぶしをつくって見せていた。

「クリスタがいるってんだから間違いねぇんだろーが、どうにも胡散臭い話だな」

「ああ、お前は見えねーんだったな、ユミル」

「そういうお前は見えるんだな、ジャン」

まあな、とジャンは頭を掻く。

このどさくさに紛れて退散しよう。

私はそっと踵を返す。

すると、アルミンが目敏く気付いて私に声を掛けた。

「あ、待ってアニ。エレンのタオル見なかった?」

「タオル?」

「どっかで落としたみたいなんだ」

「見てないと思うけど…配給品?」

「いや。ミカサが買ってあげたやつなんだ。グレー地に紺のラインが入ってる。今、一緒になって探してるんだ。僕はこの後当番だから帰ってきちゃったけど…。もし見つけたら教えてあげて」

「ああ、わかったよ」

じゃあ、とそっけない挨拶を残して、私はその場を立ち去ることに成功した。

カヤは何か言いたそうな視線を寄越したが、それ以上引き留めることはなかった。



夕暮れ時、そういえば、と思い出したことがあった。

訓練の合間の休憩で水飲み場に行った時、風で何かが飛ばされるのを見た気がする。

あれはタオルだったろうか。

私は立ち上がって外へ出た。

水飲み場にたどり着くと、昼間の光景を思い浮かべる。

確かこの位置から見て右の方向に飛んでいったはずだ。

そこは雑木林になっていた。

私は付近を少し歩いてみる。

が、それらしきものは見当たらない。

日も落ちてきているし、色がグレーでは見つけるのは難しいかもしれない。

そこで私は苦笑した。

そんなのわざわざここまで来るまでもなくわかっていたはずだ。

というより、それをエレンかミカサに伝えればよかっただけの話では?

こんなところに立ち尽くしている自分がバカらしくなってきた。

戻ろう。

明日、エレンかミカサ、どちらか先に会った方に伝えれば事足りる。

小さく息を漏らして、私は兵舎へと戻った。



翌日、顔を輝かせて近寄ってくるカヤを目にして、私は内心肩を落とした。

昨日かなり素っ気なくしたつもりだったが、堪えてはいないらしい。

顔いっぱいに笑みを浮かべて、私が話し掛けるのを待っている。

「…なに?」

カヤはパッと片手を差し出した。

私が何事かとカヤの手を眺めていると、もう一度手を突き出した。

手を出せということらしい。

後ろ手に何かを隠しているようだ。

あまり関わりたくはなかったが、そこまで邪険にもできず、片手を差し出す。

手のひらに柔らかい感触が乗った。

見ると、それはタオルだった。

グレー地に紺のライン。

私はカヤを仰ぐ。

「あんたが見つけたの?」

カヤは大きく頷いた。

そしてエレンを指差す。

「渡してこいってこと?自分で行きなよ」

カヤはイヤイヤと首を振る。

私の肩を強く押した。

『昨日、探してたでしょ』

見ていたのか。

私は気恥ずかしくなって顔を背ける。

カヤが今度は背中に体当たりしてきた。

「…わかったから」

私はミカサとアルミンと話しているエレンの元へ向かう。

「エレン」

「おう、アニ。どうした?」

「これ。あんたのでしょ」

エレンとミカサは驚きの表情を見せた。

「おい、これ、どこにあったんだ?」

アルミンがふわりと笑う。

「アニ、見つけてくれたんだ」

「いや、見つけたのは…」

言い掛けて口を塞がれた。

背後からカヤが覆い被さっているようだ。

「ん、なんだ?ああ、二人で探してくれたんだな。サンキュー」

エレンは斜め後ろに笑みを投げる。

「アニも、サンキュな」

ハタと気付くと、普段より柔らかなエレンの瞳が私に向いていた。

「…うん」

なんだか訂正する気も失せてしまって、私は大人しく頷く。

エレンたちは、もう一度礼を言うと、手を振って歩いていった。

後に残された私は、カヤを振り返る。

「なんでこんなことさせたの」

カヤはやっぱり満面の笑みで口を開く。

『アニは、エレンのことよく見てる。好きなのかと思って』

私は一瞬、息を詰めた。

決して真意を言い当てられたと思ったわけではないが、他人から自分がそう見えているということに驚いたのだ。

私はぶっきらぼうに返答する。

「あれだけ目立てば目につくでしょ」

『照れなくていいのに』

私は半眼になって彼女を睨みつけた。

「あんたさ、性格変わったね」

彼女は嬉しそうに笑った。

「別に褒めたわけじゃないんだけど」

それでも彼女はへらへらと笑っていた。





(20131204)


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