at the time of choice

11.please no longer say anything


ライナーはサイドテーブルにトレイを乗せる。

戸が閉まり、二人きりになったのを確認して丸椅子に腰を下ろした。

「食えるか?」

「うん」

体を起こしてサイドテーブルに向かう。

正直、食欲は全くなかったが、食べなければ体力は回復しない。

重い腕でパンとスープを必死に口へ運んだ。



ライナーは何も話さなかった。

ただ、黙って目の前の食事を片づけていた。

ルーラは何か話すべきか迷ったが、結局何も思いつけずに黙々と食べ続けた。



ようやっとのことで全て食べ終え、大きく息をつく。

横になっておけと、ようやくライナーが口を開いた。

ルーラは大人しくそれに従う。

「平気か」

「うん」

「夜中に、吐いちまうって聞いたぞ」

「もう吐かない」

「眠れてねえのか」

「これからはちゃんと寝る」

「体調、いつから悪かったんだ」

「今日、指摘されて気付いた」

問答がポツリポツリと続く。

ルーラは窓の外を見るふりをして視線を逸らした。

ライナーとの会話は、まだ少しギクシャクする。

それに、話が嫌な方向に行くのではないかとビクビクしていた。

「食事を持っていくように頼まれたんだ。ベルトルトに」

息が止まる。

咄嗟に言葉が出てこない。

「そう。ありがとうって伝えておいて」

少し間が空く。

次の言葉を紡ぐライナーの声は先ほどより低かった。

「俺を恨んでるか」

ルーラは外に見える林を睨む。

そうしていないと肩が震えてしまいそうだった。

まだしたくないんだ。

その話は。

せめて、壁外調査が終わって、無事に帰ってこられるまでは、閉じておきたいんだ。

「そんなことないよ。ライナーは正しい」

「第三者が口を挟むべきじゃなかったのかもしれん」

「いつかは破たんしてた。ライナーが言わなかったら、きっと立ち直れないくらいひどい状態になるまで気付かなかった。そう思う」

ライナーは黙りこんだ。

しばらく待っても、言葉は投げ掛けられなかった。

ルーラはそっとライナーを振り返る。

真っ直ぐにルーラを見据えるライナーの視線と交差した。

「きついか?」

今度こそ肩が震えた。

衝撃を逃がす余裕などなかった。

きついか。

ライナーの言葉が頭の中で反響する。



ライナーの隣を歩いているベルトルトの後ろ姿が浮かんだ。

そういえば、訓練兵時代は彼の後ろ姿を見ていることが多かった。

なんとかして話し掛けたくて、話題を作るのに必死だったっけ。

彼は普段は物静かで、あまり表情を変えなかったから、たまに見せる無防備な笑顔はルーラにとっての宝物だった。

そんな彼が笑顔を見せる機会は少しずつ増えていった。

ルーラはそれが嬉しくて、このまま卒業しなくてもいいかななんて思ったものだ。

そんな日々を重ねていくうちに、解散式を迎えた。



あの夜、彼が来てくれたことを何か大きな力が自分に遣わした救いなのだと、根拠もなく、盲目的に解釈していた。

そんな自分は、卑怯だろうか。

あの日の口づけを大切に胸にしまっている自分は、都合の悪い事実から逃げている臆病者だろうか。



あの夜、彼の心を動かしたのは自分ではないと、心の何処かでは気付いていた。

あの日はあまりに悲惨な出来事が起こって、みんな、心はズタズタだった。

弱り切っていた。

その鋭利な惨劇が彼の心の蓋を裂いたのだと、ルーラにはわかっていた。



でも、きっかけはそうでも、彼は自分を求めてくれるのだからいいじゃないかと思っていた。

その事実には深く踏み入らないようにしていた。

だって、傍にいたかったのだ。

ベルトルトの傍にいると安心したし、温かかった。

彼もそう思ってくれていた。

それはなぜだか確信できた。



けれど、それだけではダメなのだ。

足りないのだ。

自分にそれが足りないせいで、彼は離れていった。

持っていなかったのではない。

ルーラはそれを自ら手放した。

ベルトルトはそれを知ったから、離れていったのだ。

だからこれは、自分がした選択だ。

他の何が原因でもない。



なのに。

でも。

一緒にいたい。

だって、好きなんだ。

どう誤魔化しても。

どう足掻いても。



5年前、あなたが私の手を引いてくれたから、私はここにいるのに。

あなたがいたから、私はここにいるのに。



――きついか?



我に返ると、既に涙が溢れていた。

喉が締まって、焼けるように熱い。

込み上げてくる感情のせいで息がしづらかった。

ライナーの前で泣いている自分は、堪らなく身勝手に思えた。

目の上に腕を乗せて、せめて泣き顔が見えないようにする。

「そうか…」

ライナーがどんな表情をしているかは、わからなかった。



(20131009)


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