「(6時…半か…)」
目が覚めてから猫になってしまった燐に抱き付かれて約1時間が過ぎようとしていた。
視界の隅に目覚まし時計を捉え、そろそろ学校へ行く支度をしなくてはいけない時間だ、と未だ爆睡する燐を時計と交互に見る
(…これは起こすべきなんやろか…)
気持ちよさげに寝息を立て、猫耳をぴこぴこさせる燐。
…あの、どうやったらこんな可愛い生き物ができはるんですか神様。
………。
いやいや…そーやなくて…
(俺はどうしたらええんや…!)
燐の弟である雪男に相談しようか…。
いやしかし極度のブラコンである彼に相談などしたらもれなく制裁が付いてくるに違いない。
雪男には燐と付き合ってるのを秘密にしてある。
朝までお兄さんと一緒に寝てたら猫耳としっぽが生えてましたっ☆
なんてノリで言おうものなら、「朝まで?朝まで兄と何してたんですか?え??」と笑顔で言われて射殺されるのがオチだ。
かと言ってこんな状態の燐を学校になどやれる筈もない。しっぽは隠せても耳まで隠すのは無理がある。
うーん…と起こすのを迷っていると、ついに燐がもぞもぞと動いて、うっすらと目を開けた。
「う…ん…。おはよ…廉造」
燐はまだ焦点が合いきってない群青の瞳を志摩に向け、蕩けるような笑みを向けてきた。不意討ちに向けられた自分だけが知ってる、その笑みに志摩の胸がとくん…と音を立てる。
「お…おはようさん」
「…もうこんな時間か、起きないとな」
そう言ってベッドから下りようと身を起こした燐。
これはヤバい。
「いや、ま…待ちぃ!燐んんん!」
「え?ちょ…うわっ」
朝起きた自分を鏡なんかで見たら卒倒するに違いない。と燐をガバッとベッドの上で無理矢理阻止した…のはいいものの、それが志摩が燐の上に覆い被さった状態…つまり押し倒しの体制だったため、燐は顔を真っ赤に染め上げ、志摩はそんな燐に目をぱちくりさせる。
「…え、っと…あの…燐?」
「あ…あ…朝から盛んなばかぁあああああああぁああああああ!!」
どげしっ!
「っぎゃあぁあああああああ!!!?」
男としては一番蹴られたくない場所を燐に力いっぱいに蹴りあげられ、志摩廉造15歳は素っ裸で股を押さえるというひどく格好の悪い姿でベッドに沈んだ。
燐はというと、そんな志摩には目もくれず、怒りと羞恥でしっぽをぶんぶん振りながら、さっさとベッドから抜け出し顔を洗いに行ってしまう。
「り…りん〜…違うんやって…」
ベッドから起き上がろうにも、痛みで動けず、燐が洗面所に向かうのを黙って見送る羽目に。
その数分後に洗面所から聞こえてきた叫び声に、志摩は、あぁ…やってもうた。と頭を抱えるのだった。
…――
「廉造…どぉしよ…」
シーツを頭からかぶり、ベッドで体育座りになった燐は、不安に揺れる瞳で、向かいに座る志摩を見上げた。
一応二人ともずっと全裸な訳にはいかないのでパンツは履いたのだが…燐の姿は志摩の視覚をことごとく刺激してくる。
猫耳しっぽにパン1にシーツ頭からかぶって上目遣いなんて、男のロマンを丸々詰め込んだようなものだ。
シーツの隙間からふよふよ揺れるしっぽを目で追いながら、今日は一緒に学校を休むか…。なんてぼんやり考えて燐の頭に手を伸ばし、猫耳に触れる。
思ってたよりもそれはふわふわでもふもふで柔らかい。
「ん…っ、れんぞ…?」
くすぐったそうに睫毛をふるり、と震わせぱたぱたとしっぽを振る燐。なるほど、気持ちいいのかもしれない。
廉造は少し身をのり出して、不思議そうな目を向ける燐を他所に 耳の内側を舌で舐める。
ざらりとした舌の感覚と、生暖かさに燐の背中をぞわりと甘美な痺れが伝い、耳をぴん、と立てた。
「燐…気持ちええん…?」
「ばか…っ…違うっ…」
「ふぅん…」
舐めながら 廉造はぱくりと猫耳をくわえる。
「ぁ…待て、…やだ、れん…ぞ…っ…」
はぁ…と切なげにため息をついた彼。
制止の声は弱々しく、抵抗も抵抗とはいえないもので。
耳を弄りながらぱしぱしとシーツを叩くしっぽの根元をやわやわと揉みしだけば燐は大きな瞳に涙を溜めて頬を朱に染める。
それに廉造はにまりと人の悪い笑みを浮かべ、それを見た燐は先程のとはまた違うぞわぞわしたものが競り上がる感覚に身を震わせた。
「やらしぃ〜。やっぱり感じとるんやん」
「止めろって…れんぞ…学校、行くんじゃ…っ」
「んー…今日は休むわ。…こないな燐放っておけんし」
言いながら耳への愛撫を続ける廉造。
鼓膜を震わすぴちゃぴちゃという水音や、耳に直接吹き掛けられる熱い息にどうにかなってしまいそうで身体を捩るが、愛撫が止むことはなく。
今半分猫になってしまっている燐は聴覚も人のそれよりも倍に感じるようになっているようで、耳元で囁かれただけでイってしまいそうになるくらいキツい。
「なんや…物欲しそうな顔して…。燐エロいわ」
「んっ…ぁ…れんっ……はっ…」
いつもはヘタレな癖に、こういう時の廉造はズルい。
とさ…と燐はシーツに沈み、縫い付けられた。こちらを真っ直ぐ見つめる廉造の柔らかな琥珀色はすっかり熱を帯びて。
彼から口付けを貰えば、
もっと欲しいと欲してしまう。
猫は喉の辺りが弱いのを知っているからか、喉にも口付けを降らせてくる。くすぐったい、と覆い被さっている彼に示すように眉根を寄せるが、廉造は気持ちいいと勘違いしたのか首筋にやんわり歯を立ててきて。
いきなりのことに、しっぽがぴん、となる。
「燐…首弱いんやぁ…ほんま猫やわ。かいらし…」
「ぁ…っ……ぅ……」
そんな甘い声で、耳元で囁かないでほしい。思考がとろとろに溶けて、何も考えられなくなってしまう。
笑みを深めた廉造が先へ進もうとした刹那、燐の隣に転がっていた廉造の携帯が声を上げた。着信…坊。
獲物を取られた狼のごとく、至極残念そうな顔をしながら廉造は電話を取り、通話ボタンを押した。