(桜ノ音)



想い寄せれば 桜ひらひら


こぼれ落ちる僕たちの涙


いついつまでも 交わした笑顔


君との約束 全ての時よ 輝き続けて











桜 ノ 音











春風が頬を叩く、麗らかな春。
相変わらず事務所は暇なので、成歩堂は散歩に出てきていた。
これから行く場所があるのだ。
7年経った今も、春になると向かう、遠い思い出を封じ込めた場所へ…。



それは裁判所のすぐ隣にある。
外観はかなり変わってしまったけれど、それはあの日のまま、何も変わっていなかった。

目的の場所で足を止めた成歩堂衣の、服や髪を温かい風が凪ぎ、刹那…風ではない、ふわりとした感覚が上から降ってきて頬を掠めて、成歩堂は親しみを籠めた眼差しを上へと向けた。



(……もう…7年、か)


そこにあったのは、青空に向かって優雅に、しかしながら力強く咲き誇る…桜。
また…この時期が来てしまったのだな…とぼんやりと心中で呟いて静かに目を伏せた。




毎年春になると、御剣とここで桜を見上げたものだった。
他愛のない話をしながら…桜の舞う中で微笑む彼がとても綺麗で、年を重ねては同じように見とれ、心惹かれた。
風に乗って柔らかく耳を叩く声も、注がれる優しい眼差しも…全てが永遠のように感じたものだった。



それから数ヶ月後
あんなことが、起こるまでは。




7年前、海外へ旅立つ日の彼に 自分は何も言えなかった。
いや…
もう何も…言う権利さえ無かった。
弁護士免許も剥奪され、犯罪者の身になった自分が…彼に会わせる顔などなかった。




優秀な検事である彼と、犯罪者の汚名を負った、自分。
彼と自分との間に大きな距離が生じてしまったという現実を叩きつけられた気持ちだった。







そして…彼が海外に旅立つ前日、呼び出して一方的に彼を突き放した。お前に飽きたのだと、もう付き合うなどうんざりだと。
もう…会いたくなんてないと。


勿論本心ではない。
本心からではない言葉を吐くたびに、自分の中の何かは、音を立てて崩れていくようだった。
心が引き裂かれる思いで、残酷な言葉を御剣にぶつけて…呼び止めようとする彼の返事など聞かずに別れた。
あの日、御剣が自分を見つめながら瞳に悲しみの色を深く灯したのを、今でもよく覚えている。

…これでよかった。そう思った。

彼には幸せになってほしかった。こんな犯罪者の汚名を負い弁護士では無くなった男とではなく、もっと別の…彼に相応しい女性と結ばれて、こんな自分など嫌いになって、早く忘れてほしかったから。
彼がそんなことを望んでないことなど、百も承知だった。

けれど
彼を愛していたから…だからこそ、そう望んだ。




あれから空っぽの春空を何度見上げたのだろう。
嘘の気持ちで満ち溢れた心を胸に宿して。





わかっていた



わかっていたはずだったのに




もう永久に交わることなどないと…。
それなのに、痛い。
毎年この桜を見るたびに彼の笑顔が脳裏をよぎって、胸が痛くて痛くてたまらない。
それは年を重ねれば重ねるほどに大きくなっていった。


捨てた筈の彼との日々は、無くなるどころかますます鮮やかに蘇っては、自分を苦しめ続けて。


幾度この桜の下で涙を流しただろう。
幾度彼との日々をこの場所でなぞっただろう。



自分の中の時間は、最後に二人で桜を見上げたあの日、この桜の前で御剣と約束を交わしたまま…止まっていた。







「御剣…





7年前…約束したっけな…。


この場所で…来年も…再来年も…ずっと…ずっと…二人で桜を見ようって…」


桜の、年代を感じさせる幹に触れて、静かに語りかける。
どんなに想いを寄せれど 桜はひらひらと舞っては地に落ちるだけで。
ひらりひらり…桜が舞い、想いが、静かにほろりほろりと頬を伝い落ちて土に吸い込まれていった。








過去をどんなに捨てようとあがいても 彼との日々だけは…消せやしなかった。
彼の気持ちを殺したのは他ならぬ自分なのに、どうして…どうして涙が止まらない。


「…っ…




御剣……っ…ごめん…ごめん…っ…」







『成歩堂、来年も…その来年も…



ここで桜を見よう』


『うん』





二人約束した 桜の木の下で
あの日の君を探した。
見つかる筈はないのに、探しては探しては
桜の下、暮れていく茜色の空に想いを重ね続けて。


目を閉じれば、蘇る共に過ごした日々。
ただ笑っていられたあの頃にはもう戻れない。もう二度と…。




今僕のとなりに君はもう…居ない。



この痛みはきっと、罰なのだ。
あの日、彼のココロを引き裂いた罰。




7年前の罪も自分の中の罪もいつまでも消えないまま、この気持ちとともに背負っていくのだろう。




償っても 償っても


償いきれない罪。


それでもまた 会いたくて…


彼に会いたくて、たまらない。


勝手だ、身勝手だ。
…そんなのは分かっている。
けれどもしまた彼に 会えるのなら、
それが許されるのなら…
もう一度会いたい。










―その時
さぁっ…といきなり強い風が吹いて、桜が一気に舞い上がる。
咄嗟に目を瞑った成歩堂は その強い風の中で、一瞬酷く不釣り合いな優しい声を拾った気がした。




「 」


それは 今もずっと胸の奥
しまいこんだ 聞き馴染みのある 優しい声。




ゆっくり…瞼を開き、刹那飛び込んできた光景に、成歩堂は目を見開く。




…思わず
一瞬息をするのを忘れた。








舞う桜の中居たのは 此方を見つめ、静かに立っている…ずっと…会いたかった人だったから。








「み………つる…ぎ…」



「…遅くなったな…成歩堂」


7年前よりは少し老けたけれど、その声も眼差しも纏う空気も…
何もかも昔のまま変わっていなくて。



「…ど……うし…て」


唇を震わす自分の声は、情けないくらいか細くて。
笑顔を造ることさえ忘れて、7年の間に染み付いた偽の笑顔の仮面さえも、今は意味をなさない。
そのくらい…自分には衝撃だったから。
会いたくて…会いたくてたまらなくて…。
それなのに、いざ目の前にしたら頭が真っ白になって、何を話したら良いのか分からなくなって。

ただただ涙で歪む視界に映る彼に、意識を向けるので精一杯だった。




だって


だって…そうじゃないか。
もう一生会うことなんてないと思っていたのだから。







「…君は…


はったりをかますくせに、嘘が下手だからな…」


「…っ…」


ふわりと、身体を包み込む 体温。
誰のでもない…彼の体温に、今までの比ではない涙が溢れ出て、彼のスーツを染めていった。

胸の奥深くで、7年の間心を凍らせていた氷が溶けていく音を確かに聞ききながら、 成歩堂は御剣に口づける。


触れるだけの口づけをして、成歩堂は御剣を濡れた瞳で真っ直ぐ見つめて、不敵な笑みを返してやった。
…それが、今の自分に出来る、精一杯。



「君が…一番辛いときに…居てやれずにすまなかった…。


あの頃の私は…君を救う力を十分に持っていなかった…。けれど」


成歩堂を真っ直ぐに見つめる色素の薄い瞳が、柔らかくも意志の強い光を灯す。


「…私は


絶対に君を…成歩堂龍一を救ってみせる。





だから…


だから…全てを終わらせたら…また…ここで…昔みたいに、毎年桜を見たい。君と」





「…っ……



当たり…前だろ…。


お前と見なきゃ…楽しく…ないんだよ」










ねえ 御剣





もし…


もし君にまた会えたら 伝えたいことがあったんだ。





今さらかもしれない、




けど もし僕の罪が消えたなら、その時は聞いて欲しい。










御剣怜侍

僕は君を


















もう一度









「 」かな











桜に乗せて
伝えるよ。



届くだろうか



届くといいな



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ツイッタでお世話になってるソルトからリクエストいただいたので!!
ピコさんの「桜音」がミツナル変換したらとても萌えたので 反映させちゃいました…(^o^;)書いてから思ったけど…な ん だ こ れ はwwwww


取り敢えずラブラブな二人書けて楽しかった!!
読んでくださりありがとうございました(^o^)!


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