Liebe


よく晴れた某日、王泥喜はみぬきと一緒にガリューウェーブのライブに来ていた。








周囲を見渡せば、人、人、人…もうすぐライブが始まるただっ広い会場には見渡す限り数えきれない人で埋まっている。


事件後、一時は解散した 響也率いるガリューウェーブだったが、一年の沈黙を破り、また再結成し活動を開始することが決まったのである。
今日はその再結成記念ライブ。
それで今回、みぬきと王泥喜は響也からチケットを渡され、是非来てほしいと招待されたわけなのである。しかもかなりいい席だ。


相も変わらずガリューウェーブファンであるみぬきは再結成の話にいたく喜び しかしながら王泥喜は実を言うと少し心配でもあった。




近いうちにバンドのメンバーや実の兄が犯罪者として逮捕され、しかもその兄の弟として晒されたことで、当然彼は世間の冷たさを一身に浴びてしまう結果となってしまった。
響也は有名人であるためにその影響も凄まじく、応援するファンがいる陰で、響也のファンを辞める人物も続出したのも事実で。







…霧人は罪を償うべきだった。
その思いが変わることはない。
師である彼を摘発したのは胸が締め付けられるように苦しかったけれど、今でも間違ったことをしたとは思ってはいない。
しかしそのことが、響也を傷付ける結果に結びついてしまった。


王泥喜は、響也が自分を恨んでると思っていた。
親友も兄も奪った自分を。
…それなのに、霧人を摘発したあの日…彼は、響也は「…ごめんね」
と涙を流しながら絞り出すように告げて、王泥喜を抱き締めただけで。
綺麗な…残酷な響をもった声はあの日自分の耳を深く突き刺して、ただただ王泥喜は抱き締められたまま何も言えなかった。


恋人である彼の包容から伝わる体温が、あんなに苦しく感じたのは初めてだったから。


王泥喜はあの時初めて、本来の牙琉響也に触れた気がしていた。
キザで無邪気で子供みたいにすぐ拗ねる。…けれど本当はとても繊細で、優しくて弱い。


牙琉響也という人間に。



自分だけを頼って、すがってくれる響也に、王泥喜は場所や優しさを与えた。
それは、他から見れば彼の弱さにつけこんでる行為だと…そう言われるかもしれない。
けれど王泥喜は、彼の力になりたかった。
恋人としてだけではなく、一人の人間として、苦しむ彼の支えになりたいと思った。
彼の兄を摘発したのは他でもない自分であるし、矛盾しているかもしれない…それでも…。彼を想う心に偽りは無いから。





それ以来王泥喜は頻繁に響也に合ったり電話で話したりと連絡を取り合うことが以前よりも増し、より親密になり、関係を深めていった。


そうして一年が経とうとしていた頃、響也から再結成の話をされたのである。



不安はあるけれど、また自分の好きな音楽をやりたい、と。
「これからは、好きな音楽も…検事の仕事も…兄貴無しで自分の力だって、証明してみせる」
そう彼は王泥喜に告げた。




それからライブ当日まで彼とはあまり話せていなかったため不安が胸を満たしていたのだが 先程控え室にいた響也にみぬきと会いに行った王泥喜はいつもの彼の、穏やかな表情に少しだけだが、安心した。


彼はいつもの王子様然とした笑みで「今日は楽しんでってね」と一言告げ、去り際に みぬきに見えないように 王泥喜の額に口づけて 「…大丈夫。行ってくるよ」
と耳に囁き、スタンバイに向けてその場をあとにした。

そんなことをされたものだから ライブ開始前から心拍数は上昇しまくりで、今も早鐘を打つようにうるさいくらい心臓が胸でどくん…どくんと脈打っている。




周りの席で他の客がガヤガヤ言う雑音もどこか遠くで聞きながら、王泥喜はみぬきの隣で胸に手を置いて深呼吸を繰り返し、目を伏せて腕にはめられた金の腕輪をそっと指でなぞった。






本当は…


大丈夫、という響也の言葉に強く腕輪が反応していた。しかしそれが分かっていても、王泥喜には今の彼を応援することしか出来ない。
それがほんの少しだけ歯痒くて、反対の手でぎゅっと腕輪を握る。



「(……響也さん…ライブで失敗なんかしたら許しませんからね…)」



もし彼がこれを聞いたら、不敵に笑うんだろうな…なんてぼんやりと心中で呟いていると、突然会場の明かりが全て落とされ視界が暗闇に染まった。




「王泥喜さん!始まりますよ!」


「!あ、う、うん」


はしゃぐみぬきの声に押されて我に帰った王泥喜も返事を返す。
変な裏返った声が出てしまったのだが、みぬきは全く気にしてないようでステージを凝視している。
王泥喜も彼女に合わせてステージに目をやると、 welcome to garyu stageとCGで作られたのだろうでかいスクリーンが浮かび出され、次の瞬間勢いよく鳴り出したギターの演奏とともにステージの中心に光が集まる。

その中心にいたのは勿論


「(響、也さん…)」


響也が現れると一気に会場を満たす歓声。
普段下ろしている髪を上で高く結い上げ、黒を基調とした衣装を身に纏った彼は観客を真っ直ぐに見つめ、ライトの中で不敵に笑って見せた。
それは普段見せるキザったらしい響也でもなく、法廷での彼でもなく、全く別の…もう一人の、歌手としての彼。
衣装を見に纏った彼はマイクを手に、歌い始める。
刹那、ライトは赤に変わった。


鼓膜を叩く、妖しくも激しいメロディー…この曲は…
…100万枚を売り上げたという、「恋はアトロキニーネ」。ガリューウェーブの代表曲でもある。

ひたすらに騒がしい、しかし響也には珍しく報われない恋を歌った曲なのである。

実は王泥喜が響也の曲を聴くきっかけになった曲でもあったりする。
以前響也がこの曲について詳しく説明してくれた。
アトロキニーネとは即ち強力な毒薬。
結ばれない運命を嘆いた男女が、禁断の毒薬に手を出してしまい、心中をはかる…という設定で書いたらしい。


この歌を出した時にはまだ霧人は逮捕されてはいなかった…とはいえ、皮肉な結び付きだ。






最初はこの曲を初め、彼の作る曲は音楽に疎い王泥喜にとって、うるさいだけの歌に感じていた。
しかし彼を知って、彼の音楽に対する想いを知ってから、彼の作る曲がとても好きになっていって、頻繁に聴くようになったのだ。

今でも激しくてうるさい曲は好きではないのに、不思議と…彼の曲だけは何度でも聴きたいと思えて。

自分は、自分で思ってるよりもずっと彼に夢中なんだな…としみじみと感じてしまう。






甘い低温が紡ぐ、歌。
歌う彼の姿はひたすらに美しいのに、歌声からは激しい力強さが感じられる。
ペンライトを振るのも忘れ、王泥喜はそれにただ見とれていた。


すると不意にステージ上の彼と目が合って。…いや、もしかしたら気のせいなのかもしれないけれど、内心ドキドキしながら微笑んだら 響也は 瞳に優しい色を滲ませて、柔らかく笑い返してくれた。
途端、顔中に広がっていく熱に 気恥ずかしくなりながらも 溢れ出る嬉しさを王泥喜は隠しきれなかった。




やはり響也は検事でありながらも、一人の歌手なのだ。





だってそうだろう。


響也は前に、これは遊びだなんて言っていたけれど、それは違う。
王泥喜は他に知らない、これまでに人々を虜にして止まない歌手を。
こんなにも 音楽を愛している人を。





伴奏に入ると王泥喜の眼前で
響也の立つステージが上に上がっていく。


ちょうど高く上がった所で 響也が首に付けたロザリオのようなものを宙に投げ、刹那、彼のバックがステンドグラスに変わり、観客席からわぁっ…と声があがった。




そしてその場所から響也が歌いながら勢いよく呼び降りる。
それを見てオドロキは吃驚して身を乗り出すが、彼を見れば、あんなに高い場所から勢いよく落下したにも関わらず、無事に着地して歌い続けている。


ガリューウェーブといえば ステージの派手さも魅力だとは聞いたことはあったが、まさかここまでとは、ひやひやを通り越して驚き過ぎて口が開きっぱなしである。
前の時はこんな演出は無かったではないか。





そんな王泥喜の心中など知らず 響也はひとしきり歌いきると 着ていたジャケットを思い切り上に放り投げた。
それがパッ と散って、蛍のように小さな赤い光が観客席に降り注ぐ。
前は途中で抜けたために…初めて彼のライブをちゃんと観る王泥喜は、それにすら目を丸くしながら驚いていたのだが、隣にいるみぬきがそれに気付いて、驚きました?あれはホログラムなんですよ!と自信満々に説明してくれた。


どうやらガリューウェーブは、ライブではほぼ衣装やステージ上のほとんどにホログラム投影をしているのだそうだ。
成る程、と王泥喜はまだ降り続く光を手で掴みながらしみじみ考えた。




曲が終わると共に 一際大きな歓声が彼を包み込み、響也は額の汗を拭いながら笑みを浮かべた。


このスタートで すっかり不安は消えたのか、響也の表情にいつもの調子が戻ってきたようで、だんだんと顔の表情も自然なものへと変わる。
ライブは後半に行くにつれ最高潮の盛り上がりを見せた。

 

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