戻せない 距離2


……――



そんなことが暫く続いていた。

しかし一年が経つだろうころに 御剣はいきなり帰ってきたのだ。


遺書まで残したくせに、どの面を下げて戻って来たのかと矢張は憤ったが 矢張よりも怒っていたのは…他でもない 成歩堂だった。






「お前の顔なんか二度と見たくなかったよ!」




そんな言葉をあの温厚な成歩堂に吐かせる程に 御剣という存在は彼の中で大きかったのだろう。


しかし再開したことで争っている訳にもいかず、御剣の力を借りなければ、この時に巻き込まれていた事件を解決することが不可能だったのも事実だった。









……
結果として御剣の力を借りて、成歩堂は奮闘し続けた末に 裁判に打ち勝ち、真宵を救うこともできた。
しかし成歩堂には深いもやもやが残ったままだったのだ。
力を貸して貰えたことで事件が解決したのは確かだ。…しかし 腑に落ちなかった。御剣が、ずっと親友だと思い 良きライバルだと思ってた彼が、自分に黙って消えたのか。


信じていたから。



愛していたから。



だから尚更
辛かった。


御剣を想っていたのは自分一人だけだったのかと。彼を救うことができたなんて自己満足に浸っていただけだったのか…と。
久々に顔を合わせた御剣は、前よりも逞しくなって戻ってきたように思えた。


彼にやっと追い付けたと思っていたのに…また自分一人を置いて遠ざかってしまったような、そんな感覚に襲われた。御剣の顔を思い浮かべるたびに、成歩堂の胸の空虚をただただ広げていく。
真宵の帰った、誰もいない事務所のソファーの上に寝そべりながら、無機質な天井の壁を、特に何を思うわけでもなく、じぃ…と見つめた。







…ふいに
頭の隅で キャラメル色の髪の友人の笑顔が過って、ぼんやりと思考を巡らせる。




(…辛いなら、泣けよ)


彼ならこんなとき


(成歩堂には俺がいんだろーがっての。)


いつもみたいな笑顔で


(…だから、よ。…たまには立ち止まってみんのも…悪くないんじゃねぇ?)


馬鹿みたいに笑い飛ばしてくれるのだろうか。




彼と関係を持ってから、己の中で、彼に対する気持ちが徐々に膨らんでいくのを成歩堂は少しずつだが感じていて。


だが罪悪感を感じている気持ちもあって、戸惑いを感じてもいた。


『…矢張…。』









"会いたい"
そう思いながら吐息に乗せられて転がりでた言葉に応えるように、傍らの携帯電話が静かに光を発し出した。



ー…電話だ。
ディスプレイに浮かんだ名前は…矢張。
鼓動に蹴飛ばされるように飛び起きて、震える手で携帯を開いて 通話ボタンを押す。



「…もしもし」


「よ、成歩堂。…いま時間あるか?」


「…ん?あぁ、まあ」


「そっかそっか!今日二人で酒でもどーかなーってさ!最近めっきりだったろ?」


元気で陽気だけれど どこか成歩堂を気遣うような雰囲気を含んだ声音に 矢張らしいな、なんて ふ…と笑みが溢れた。
御剣の名前を出さないのは、彼なりの気遣いなのかもしれない。


昔から
矢張はそういう奴だった。
何も考えてないように見えて実は周りをよく見ているし、人の細かい変化等にかなり敏感で 困った時は、さりげなくいつも支えてくれた。


初めて彼に抱かれたとき 成歩堂は矢張の優しさに甘えて利用して…それでも 彼は笑って抱き締めてくれて。





(…あぁ…やっぱり、僕は狡いな)


脈打つ胸を抑えるように、シャツの胸元をぎゅっと握りしめながら思わず自嘲する。
御剣に囚われていたこの心は なぜ矢張に揺れているのか。



「…成歩堂?」



沈黙を続けていた成歩堂に、電話の向こうから矢張の声が飛んできて、ハッと我に帰る。

「、あ…ゴメンゴメン!ぼーっとしちゃって…ちょっと疲れてるみたいでさ」


「おいおい大丈夫かよ。成歩堂弁護士」


茶化してから、矢張の笑い声。


なんだろう、…いまはそれだけで心が軽くなる気がした。


「うるさいなー。…えっと、じゃあ…」


「今事務所の近くにいるからよ。すぐ行くから事務所の前で待ち合わせしようぜ」


「あ、うん。了解」



電話を切ってポケットにしまうと、ソファーから降りて背伸びをして壁にある時計を一瞥する。
すぐ着くだろうし もう外に出ていよう。そう思いながら スーツにの上着を羽織って外に出た。





……――




(…矢張…まだかな…)



まあ…まだ外に出てから5分しか経ってないのだが。



することもなく 空を見上げて雲を目で追っていたら、後ろに人の気配がして振り向いた。



「…成歩堂」


「!!…御剣…」


しかしそこに立っていたのは 矢張ではなく御剣で、咄嗟に成歩堂は表情を曇らせる。


「…そこで何を?」


「…。何って…矢張と待ち合わせしてただけさ」


自然と棘を生やしたような語調になってしまい 成歩堂は口をつぐんだ。


…こんな…冷たくしたいわけじゃないのに、御剣に対してあたってしまうような言い方をしてしまう。


心を覆うもやもや。
その感情は 怒りよりも悲しみのが勝っていて。


だって そうだろう。
御剣が失踪した時に 成歩堂は、思い出の中の彼への想いを殺したのだから。


それなのに また現れた彼に 気持ちが追い付いてかない。
どう接したらいいかもわからない。



「…っ…成歩堂、私は」



絞り出すような声と視線に射抜かれて 成歩堂は目を丸くするが、続きを紡ごうとした御剣の声は 第三者によってかき消されることとなる。


「成歩堂」


御剣より少しだけ高い声が背中にぶつけられる。
振り返った先には 見慣れたキャラメル色。



「や、矢張…」


「御剣、お前がこんなとこ通るなんて珍しいじゃねーか。


…成歩堂に今さら何の用だ?」



嘲るような笑みをいきなり消した矢張は 見る者が凍りつくような目で御剣を突き刺す。長い間付き合ってきてそんな瞳をする矢張を見たのは初めてで、成歩堂身体を硬直させる。


成歩堂は何かを言わなければいけないと、そう頭では思うのに、口がただ閉口するだけで 何も言葉に出来なくて 成歩堂はただ立ち尽くす。



「矢張、私は…」


「まさか、"会いに来た"なんてバカなこと言わないよなぁ…?」


矢張の声がまたしても御剣の言葉を折る。


「…っ…」


「…御剣…。

お前は勝手なんだよ…。







いつもいつもいつも…成歩堂のことを考えてるみたいな顔しやがって、ふざけんなよ…。

お前は、てめーのことしか考えてねぇ…!


お前は知ってんのかよ!
お前がいない間に、成歩堂がどれほど涙を流したのか!!どれほど…ッ…折れそうになって…それでも立ち上がってきたのか…!



どれほど…お前を信じて…っ…愛してきたのか…!!!!!」


御剣に胸ぐらを掴んで、形相を変えて怒鳴る矢張。
彼の目は、泣きそうなほどにうっすら赤くなっていて。
一通り言い切った矢張は、突き放すように御剣から手を離し、苦いものを吐き捨てるように呟いた。


「…。
ざけんじゃねーよ…。

お前は…いつもコイツの過程しか見てねぇくせに…」




「や…はり…」


目の前の、まるで魂が抜けてしまったように立ち尽くす御剣を視界に映しながら
やっと成歩堂は喉から声を絞り出す。

まるで頭を思い切り殴られた後のように、自分の頭の中がぐわんぐわんと鳴っている。


彼に、こんな激しい一面があるなんて。





いつも笑っている、その胸の内にはずっと痛いくらいの想いを秘めていたなんて。






「 成歩堂 」



言葉が耳に届くより早く、放心していた成歩堂は不意に抱き寄せられる。
刹那、唇に同時に与えられた柔らかさと体温。

それが暫くしてから 矢張の物だと気づいてから驚いて御剣に目をやれば 彼はすっかり顔を蒼白にし、目を丸く見開いていて。


触れるだけの口づけを施した後、矢張は御剣に向き直り、先程と変わらない目で彼を見据えた。




「…御剣…お前に成歩堂は渡さない。



絶対に」



宣言して 矢張は成歩堂の手に己の手をサッと絡め、踵を返して歩き出す。













(ああ…。変わってしまったんだな…僕たちは)


矢張の手の力にただ引かれながら、何かがぼろぼろと崩れていく音を、成歩堂は何処かで聞いた気がした。






何もかも
変わってしまった。






あのころの ただ笑い合ってたころには もう戻れない。







どうしてこうなってしまったんだろう。









僕は…



僕は…どうするべきなのだろう。






明かりの落ちた 夕闇に訊いても 答えは無かった。




ただあるのは


強く握られた手から伝わる 矢張の体温だけだった。

























**********


ツイッタで、なな様からのリクエストヤハナルでした!色々間違ってるかもしれない上に遅くなってごめんなさい…('、3_ヽ)_そしてオチが微妙な上に御剣可哀想すぎてごめんなさい…('、3_ヽ)_どろどろと言うまでもないかもしれないですが私にはこれが精一杯の修羅場です!(?)
ただカッコいい矢張が書きたかったんだけど…撃沈

 

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