その後。








あの後、諏訪が目を覚ましたのは夕方だった。

(…なんだ…、すげぇ温かい…)


まだぼんやりとした頭で足元を見る。
昼間一緒にいた猫達はもう居なくなっていて。
空を見やると、橙色の柔らかな光が瞳に射し込んできて、目を細めた。


(…夕、方か…)


まだ覚醒しきれていない頭で、自分の包まれていた温かさを知ろうと隣を見た瞬間…
冷水をかぶったように諏訪の頭は一気に冴え渡った。



(かっ…かかかかか…


鹿島ぁあアアアアア!!!!?)




な…何で…!!


何でまだ居やがるんだよッッ!




バッと鹿島から離れると諏訪は彼から目を背けて深呼吸をした。寝起きに鹿島が居るなんてなんと心臓に悪いのだろうか。
飛び退いたせいで頭から、ポトリと諏訪の頭に付いていた猫耳が落ちた。


「…?あれ、これ猫耳ってヤツだっけ…。
何で俺の頭に付いてんだ??




…って、んなことより…。
鹿島。おい、かーしまー。起きろ〜」


「…んー…」


ゆっさゆっさと揺すってみるが、起きる気配はまるで無く。
かなり熟睡してるらしく、心なしかいつも感じるぴりぴりとした電気が少なくなっているような…。
いつもならここで何かしら悪戯をしてやるとこだが、今日はそんな気分じゃない。
というか…


(なんか…寝てるとちょっと可愛い、かも…)

…。
て、何考えちゃってんだ俺!



「…お、おい。
鹿島…か、風邪ー…ひくぞ」


言った後に、神だからひかないっつの。と心中で突っ込んだ。
…。さっきから俺は何をしているんだ。


「鹿島ー…。」


顔を覗きこみながら鹿島にデコピンしてやると、彼がやっと目をうっすらと開けた。
黒曜石のようなそれに、諏訪が映る。


「…ん、諏訪…?」






寝起のためか、発せられた声は掠れていて。
けれども妙にそれは色気を含んでおり、諏訪の胸が、とくん…と音を立てた。





「…ぁ…」


しかしその刹那、湖畔のように落ち着いた、しかし鋭さも潜ませた瞳に捕らえられ、動けなくなってしまった。


(え?…ぇ?)



身体が動かない。目をそらせない。
鹿島の、いつもと違う瞳やら、表情のせいなのかもしれない。

多分そうなのだ。そうでなければ説明がつかないではないか。


だって、こんな事は初めてで…口が動かない。声をいくら発しようとしても。
おかしい…こんなの、おかしい…。


これは…





一体…どういうことなのだろう…


同じ至近距離でも、八坂と話しているときには無い感覚…。
彼女と話しているときは、どちらかというと安心感のような物があるのだが、これはそれとは全然違う。


考えていると突如、視界が真っ黒に染まった。

少し固くて、けれどとても温かい…。
次いで鼻を掠めた彼の匂い。


一瞬何が起こったのか分からなかったが、伝わる温かさに…鹿島の胸で抱き締められているのだと、
漸く自分の頭が理解した。




(…な…


…な、な、な、なん、だ…これ…っ…)


とくん…という音が、どくん、どくんと変わって、
その音に合わせるように顔が熱を持ち始め、諏訪の顔は瞬く間に赤く染め上がった。
顔が熱い…。
それは切なさに似ていて、胸が締め付けられるような感覚。




「か……しま…?」



やっと出した声は情けなく震えていた。


どうして胸がこんなに…。


意味が…分からない…。


悲しい?怖い?嬉しい?
どれにも当てはまらない気持ちに…心が揺れた。


彼のことなど嫌いな筈なのに、抗えない自分自身に激しく動揺して、けれど考えても答えは出ない。
それに何故だか…何かを期待しているような自分が心の片隅にいて。




ぐるぐると頭を巡る考えに困惑しながらも、ただ温かさを求めるように手は、微かに震えながらも鹿島の背中に自然と回っていて…




…ぁ、の…


鹿島っ…俺…」






「すー…すー…」


「………へ?」



……。



鹿島の奴っっ…



寝てやがるゥウウウ!!!!



俺を、っ…こんな変な気持ちにさせといて
コイツっ…!
やっぱり嫌いだバカ野郎オォオオオオ!!






8割本気で鹿島の腹に拳を入れると、彼がくぐもった声を微かに洩らした。
まぁ、鹿島でなかったら諏訪の怪力にやられ死んでいただろうが彼はそこまで柔ではない。

諏訪はそれには気にも止めず、フンッとそっぽをむくと、「ばーか!!」と言い捨て去っていった。




……――。








「ふぁ…よく寝………って痛。」



そして目を覚まして 謎の腹を襲う鈍痛に、一人頭を悩ませる鹿島だった。



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