***************
そう。
そして鹿島は諏訪に興味を抱いた訳なのだが。
それだけでは納まらず。
あの日から諏訪の表情や声が頭から離れなくなってしまい、鹿島はしょっちゅう諏訪に会いに来るようになったのだ。
初めて自分をあんな気持ちにさせた諏訪。
彼といれば、自分の中の何かが変わるのではないか。
あの日からそう淡い期待を抱きながら諏訪に会いに行くうち、本当に変わり始めている自分に鹿島は気付き始めていた。
諏訪と居ることで、初めて気付いた。
こんなにも世界は綺麗なものなんだと。
一度は喪った希望も、喜びも、幸せも。
彼が再び手繰り寄せてくれたように感じている。
諏訪と見る世界はとても美しく。
今まで見てきたどの風景よりも鮮やかに、きらきらと輝いて映るのだ。
それはまるで荒れ地に草木が萌え繁るように、鹿島の心を少しずつ、だがしっかりと埋めていく。
諏訪はまるで空のようだ。
そう鹿島は思う。怒ったり笑ったり悔し泣きしたり…様々に顔を変える。
会うたびに色が違って退屈をさせないその存在は、まさに空の如く。
諏訪と出会ったばかりの頃に感じていた乾きは、もうすっかり感じなくなっていた。
何が原因なのか、そう訊かれたら諏訪と出会ったことが原因なのだと答える他に説明が付かなかった。
諏訪はそんな鹿島とは反対かもしれない。
自分だけが満足している。そう言われてしまえばお終いなのだ。
そんなこと、鹿島は分かっている。
だから鹿島は何かを諏訪に求めるでもなく、ただ側彼のにいれるだけで良いのだと。そう考えるようにさえなっていた。
そして、今日も今日とて鹿島は諏訪に会いに行くのだ。
「よー諏訪ー」
「うわっ…何しにきたんだてめぇ」
「ちょっと近くまで来たから」
「近くまでって…バリバリ家近いじゃねーか!」
いつものことだ。
鹿島が引き戸を開ければ嫌そうな顔をして、不機嫌丸出しの声を飛ばしながらも諏訪は鹿島と言葉を交わしてくれる。
その不機嫌な顔も、動作も、見慣れたもの。だからこそ、ずっとずっと…続いて欲しいと思う。
あぁ、諏訪。
お前と居ると本当に飽きないよ。
なんでかな。
高天ヶ原とはまた違う居場所を感じられるからかもしれない。
お前はバカみたいな位真っ直ぐに俺と接してくれるよな。
軍神でも、最高神の側近でもない…タケミカヅチっていう一人の神として接してくれる。
だからこそ、俺も。
地位も壁も、何も感じさせない状態で お前と話せてる。
容赦のない、飾らない言葉をぶつけるお前が…俺は大好きで。いつも救われてきた。
諏訪の存在が、俺にとっては不可欠で。
唯一無二で、大切なんだって…お前が聞いたらどんな顔をするんだろうな。
言いたいのにな。
言えないんだ。
こんなに気持ちを口にするのって、難しかったんだな。
口にした瞬間、お前は俺の言葉に縛られて困ることになる。それがわかっているから…だから余計言葉を伝えられない。
なぁ諏訪…諏訪俺は…。
「諏訪」
「…なんだよまだ何かあっ「ありがとう」
「…。へ?」
いきなりのことに、諏訪は目をぱちくりさせる。
鹿島はその瞬間、我に帰ってハッとして口をつぐんだ。本当に、無意識に発せられた言葉だったから。
鹿島が最終的に辿り着いた言葉だったから。
「…ぁ、いや…。その…ごめん」
「…、おいおい。いきなり感謝したかと思えば、何今度は謝ってんだよ」
「…」
拍子抜けした。
そんな表情を浮かべ、呆れたようにため息をつく諏訪。
さすがにこれは気まずい。どうしようか鹿島が考えていると。
「…、はぁ…。
全く…馬鹿島が何考えてんのか知らねーけどさ…とりあえず礼には礼で返すよ」
―…ありがとう。
ぼそぼそと、発せられた声。
だが、しっかりと聞き取れた。
「…諏訪…」
それがなにやら嬉しくて、思わず鹿島の頬が緩む。
どうしてだろう。自分自身よくは分からないけれど、じんわりと胸が温かくなるのを鹿島はしっかりと感じていた。
しかしそれを目にした諏訪は、困ったような照れくさいような、ごちゃ混ぜになった表情をしてみせた。
「!…な、なにニヤついてんだよ気持ち悪ぃな!用が済んだならさっさと帰れよ!
ほら!!帰った帰った!!」
「えっ、な」
と、全て言い終わる前に 部屋から閉め出されてしまった。
ピシャッと引き戸を思い切り閉める音が鼓膜を叩く。
「?お、おい諏訪どうしたん…「うるせー!ほっとけよっ。いいから早く帰れよばーか!ばーかっ!」
扉の向こうでぎゃんぎゃん言っていたかと思えば、次の瞬間、しん…と静まり返る。
さぁっ…と少し冷たい風が吹いて、鹿島の髪を弄んだ。
(…怒らせちまったかな…。
まぁ…いいか。)
諏訪に「ありがとう」と、そう言えたことは鹿島にとって明らかに大きな一歩だった。
そんな気がする。
先程は口をついて出た言葉に少しだけ動揺してしまっていたが、何やら今になってひどく安堵している自分がいた。
ふっ、と鹿島は苦笑して踵を返して社を背に歩き出す。
「…また明日な、諏訪」
これでよかった。
そう信じてみることにした。
小さく告げた別れの言葉は、風に吹かれた木々のざわめきに拐われて静かに消えいった。
…―――
社の中。
諏訪は扉に背中を預けて、うずくまっていた。
鹿島の下駄の音が遠ざかるのを聞いて、吐息を吐く。
鹿島の耳にはもう届かないだろうと分かっていながら、小さく、小さく深呼吸をした。
「くっそ……なんなんだよアイツ…」
いつもは意地悪くしか笑わないくせに。
さっきはなんであんなに…。
優しく笑ったんだ。
「(…。さっき…言い過ぎたかな……)」
いつもこうだ。
後から自己嫌悪に陥るパターン。
諏訪は、つくづくそんな自分に腹が立つ。
けれど、鹿島を認められないで 素直になれない、悪態ばかりついてしまう自分にはもっと腹が立った。
言わないだけで、鹿島のことは別に嫌いではない。昔のことだって、何度も蒸し返したりするほど子供ではない。
だけれども、一緒にいると自分の嫌な部分が浮き彫りになるような気がして たまらなく居心地が悪くなるのだ。
諏訪は不思議に思う。
なぜ鹿島は、こんな自分と一緒に居たがるのだろうと。
こんな素直じゃない奴と居て、何が楽しいのだろうか。
最初は、命乞いまでした自分を笑いに来ているのだと思っていた。
しかし鹿島は諏訪と話しているとき、いつも慈しむような目を此方に向けていて。
それがまた、諏訪に不思議だと思わせた。
嫌だとか。
ムカつくとか。
そう思っていたのも最初だけだった。
いつの間にか、鹿島に対する感情が、好意に近いものになっていたのだ。
鹿島からの好意は純粋に嬉しかった。
それ故に、手を伸ばすことが怖い。
いつからだったろうか。
こんなにも自分に対して臆病になったのは。
鹿島の好意を受け入れて手を伸ばせば、今までの関係が変わってしまうかもしれない。
ばかだのなんだの言っていた関係に戻れなくなってしまうかもしれない。
それがたまらなく怖かった。
「(…どうしたら…いいんだろ…)」
どんなに考えても答えば出てこない。
思考を中断するように、諏訪は膝を抱えて腕の中に顔を埋めた。
鹿島は今頃、高天ヶ原に帰ったろうか。
そうだ。後で彼に電話でもかけてやろう。
そしたら、ちょっとだけ素直になってみるんだ。
鹿島は驚くだろうか。今から目に浮かぶようで少し愉快だった。
疲れたし、少し寝てしまおうか。
…それもいい。
諏訪は一人目を閉じて微笑んだ。
誰も居ない静寂の中 。
とくん…とくんと脈打つ胸の音を聞きながら、諏訪は眠りへと誘われていった。
####################
はい。この二柱がお互いを意識して友達として付き合ってに至った課程みたいなものを書いてみました!!
諏訪くんは鹿島に色々言うけど、後から自暴自棄になるような子だったらいいなぁと。だって根はめちゃくちゃ良い子ですしね!
毎度駄文すみません!
ここまで読んでくださりありがとうございました!!
- 1 -
←□→
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
もどる