某日、綺麗に晴れ渡った秋空の下、鹿島と諏訪は並んで歩いていた。
秋に染まり始めた木々達は、琥珀や美しい朱の葉を付けて、はらりはらりと花のように舞い落ちる。
その姿やまるで、桜のようだ。
「すっかり秋だな」
「あぁ、四季があるのは本当にいいことだ」
しみじみと鹿島は目を細めた。
今日は人間の世界を見てみたいという鹿島の要望で、諏訪は一緒に出てきているのだ。
そして今は買い物の帰りである。
鹿島はいつものような和服ではなく、現代の衣服に身を包んでいた。
同じく諏訪もだ。
鹿島は、此方の服を着たばかりの時は居心地悪そうにしていたが、どうやら暫くしたら慣れたらしい。
此方に来る前に「直した方がいいかな」と、髪のぐねぐねを人間の道具で必死に直す鹿島には流石に笑ってしまった。
彼はやはり長身で秀麗な顔立ち故か、道行く女性という女性が振り向いてはあからさまに顔を赤らめ、「あの人素敵じゃない?」などと話している。まさか彼があの雷神だと誰が想像するだろうか。
(ほんと…鹿島ってモテるよな)
と、心の中で一人ごちる。
少し嫉妬してしまっている自分に諏訪は一人苦笑した。
意外と自分は女々しいのかもしれない。
鹿島の隣にいるのは紛れもない自分なのに、彼から離れるのが怖いとも感じてしまう。
そんな諏訪の心中を知ってか知らずか、鹿島は「次はどこ行こうか」などと話している。
こんな気持ちに気付かないで欲しいと思いながら、反対のことも思ってしまう自分。
益々女々しいだけではないか。
(…全く…この鈍感め)
「あ、諏訪諏訪、あっちにでかい紅葉の木があるぞ」
「ん?あ、ほんとだ」
「ちょっと行ってみようぜ」
「えっ…あ、」
諏訪が返事を返すより早く鹿島に手を引かれ、紅葉をさくさく踏み締めながら歩みを進める。
「ほら、こっちだ」
「おい、もうちょっとゆっくり歩けよー」
急かす鹿島に呼び掛けるも、彼からは「はいはい」と中途半端な返事が帰ってきただけで。
(はぁ…。ま、いっか)
鹿島の後ろ姿を見詰めながら、たまにはこんな日もいいかな、なんて思ってたりしてる自分がいたりする。
今回のところは多目に見てやることにしよう。
別段言葉にはしないけれど、彼と過ごすこの時間が、諏訪にとって密かな幸せなのだから。
紅葉を見た後は、また色々な所に足を運んだり、無意味にはしゃいだりして時間を過ごしたり。
二人きりで過ごす時間は楽しくて、あっという間に時間は過ぎていった。
――そして、すっかり日が落ちてきたころ。
「なぁ鹿島。どうよ、人間の世界は」
ふと、黙ったまま歩く鹿島に諏訪は声をかけてみた。
此方に来た時ははしゃぎまくっていた癖に、途中から黙っていたから少し不安になったのだ。
上を向いたと同時に、鹿島と目が合う。
「…ん?そう、だな…。」
いきなり歩みを止めて、鹿島は再び黙ってしまった。
まるで、心ここにあらずといった感じだ。
鹿島はあまり感情の起伏が激しい方ではないが、付き合いは長いなりに諏訪は鹿島が機嫌が悪いか良いか見分け位は付く。…のだが、今の彼はそのどちらでもないようだった。
「……鹿島、どうした?
もしかして、楽しく無かった…とか?」
「ん。いや、違うんだ…。
ただ…」
「…?」
「ただ…。
平和な世になったな…ってな。思ってただけだよ」
此方を一瞥してから、目を伏せてフッと笑む鹿島。
その姿が諏訪にはいつもの彼とは違く目に映った。
浮かべられている笑みは、慈しむように優しく温かい。
今の彼の笑みを見たら、大半の女性達は卒倒してしまうのではないか。
(…鹿島…)
彼がこうした表情をするのは珍しいだけに、諏訪は少々驚いていた。
彼はいつも無表情に近いか、厳しい表情ばかりしているから。
しかしそれも、軍神という立場上なだけだ。実際に蓋を開けてみれば、彼は意外と可愛い所もあるし割りと優しかったりする。
付き合うようになってから知った事なのだけれど。
「…、あのさ」
「ん?」
「なんつうか……鹿島すげぇ今の神っぽかった」
「いや、神だし」
台本があるんじゃないかって程、スパッと返しをしてきた鹿島に諏訪はわざとらしくため息を吐く。
軽い冗談も真面目に受け止めるとこは昔から変わらない。流石は鹿島だ。
「…ばぁか、冗談だって。
真顔で真面目に答えるなよ…」
「……。
へぇ…成る程」
突然ニヤリと鹿島が笑んだと思っていたら、次の瞬間諏訪の視界が一気に暗くなった。
と思えば、同時に柔らかい物が唇に押し当てられる。
「…、えっ」
突然の事に頭が追い付いて来なくて、口付けされたと気付いたのは 鹿島が小さくくつくつと笑いだした頃だった。
「くく…っ、ははは…」
「…な…っ…な…
な…なにす…んだぁッ鹿島っ!」
火が付いたように一気に顔に血が昇るのを感じ、ヤケになって鹿島に怒鳴ったが、鹿島は悪戯が成功した子供のように至極満足げに笑うだけだった。
「っ…あッははっ…。
やば、諏訪超間抜け面」
「は!?おい笑ってんじゃねぇよゴラァっ」
諏訪は体当たりを食らわせようとしたが、華麗に避けられ、今度は真正面から抱き締められてしまう。
「はいはい。捕まえた、っと」
「う、くそ…ば鹿島っ!離せっ」
「いーから、大人しくしろよ。
…ミ、ナ、カ、タ?」
甘い低音に優しく囁かれ、一気に身体中が熱を帯びる。
諏訪はとうとう耳まで真っ赤になった。
「…う、っ…、ば…ばか!!ば鹿島っ」
ポカポカと胸を叩いたら、漸く彼は笑うのを止めた。
「…はは。悪い悪い。
でも、冗談だったんだろ?
じゃあ俺のこと、少しは惚れ直してくれたか?」
小首を傾げ質問をぶつける鹿島。
諏訪はハッと我に返った。
「え…。
いや、そりゃまぁ…」
(っていうか俺…いつも鹿島に)
惚れてるんだけどな、なんて。
「そりゃまぁ…、なんだよ」
「…る…るっせぇ…。察しろば鹿島っ」
「えー。」
「…っ!こらニヤニヤすんなッ!」
そう言えばまた、からからと笑う鹿島。
最初は嫌いだった。
彼が、鹿島のことが。
強くて身長もあり、ルックスも良い彼は、諏訪にとってコンプレックスの塊だった。
それだけではない。大雑把で無愛想で、厳しすぎるくらい鬼畜で性悪。
仕事となれば、兵器の名に相応しい程、彼は冷徹な神だった。
笑顔なんて、ほとんど見た事がなかった。
しかし彼がこうなった裏には、昔の辛い過去が原因になっていることを後に経津主に聞いて知ったのだ。
穢れた血から生まれたことで周囲から避けられ続けて、白い目で見られ。
幼い弟を守るためにも、彼には己を強くすることしか身を守る手段が無かったのだと。
そんな中、鹿島に手を差し伸べてくれた天照のために忠義を尽くして働くようになった彼は、やがてその強さ故か「兵器」とさえ呼ばれ恐れられるようになり。
軍神としての地位を築いた彼に逆らう者は居なくなったが、そのことが益々彼を独りにさせてしまった。
天照の元に居るようになり、鹿島は本当の意味での孤独ではなくなったが、また違う孤独を抱えてしまったのだ。
まぁそんな折りに諏訪と出会った訳なのだが。
しかしあの頃と比べれば、大分彼も丸くなった気がする。
彼は友達という物を知らなかった。
自分以外の人…というか神との付き合い方というのを知らなかっただけだ。
そんな彼が今、こんな風に笑えているのだ。
(俺と関わったことで…こいつを少しでも救えた…のかな)
だといいんだけど。
諏訪は、ふ…と笑みを溢す。
「…?諏訪、どうした?」
「なーんでもねーよ」
「え、気になるやん」
「ほんとだって。嘘じゃねぇよ」
くすくす笑いながら、ぎゅっと鹿島の背に腕を回して抱き締め返す。
彼の身体はとても温かかくて、すり、と身を擦り寄せた。
鹿島は驚いたように目を丸くしたが、すぐに彼も諏訪に吊られて笑みを溢す。
「…なんだ、今日はやけに甘えん坊なんだな」
「悪いかよ」
「…や、逆にすげぇ嬉しい。
…愛してる、ミナカタ」
降ってくる優しい声と口づけに、堪らなく胸が熱くなった。
「……うん」
あぁ、鹿島…俺も好きだ。
大好きだよ。
きっとこの景色も夕空も、お前がいるからこそ美しく映るんだろうな。
また幾年、幾千年と年を重ねても、お前とこうして一緒に同じ景色が見たいよ鹿島。
だから
この平和な、穏やかな世を…千代に八千代に それこそ永遠に俺達が守って行こう。
ずっとずっと。
…――――
高天ヶ原にて。
「わー、あいつら抱き合ってる」
「こらニニギ、天界から堂々と覗きをするんじゃない」
「おとんも見てるじゃん」
「ちょっと黙ってなさい」
「(…二人は一体なにをしてるのかしら…)」
この後天照も交えて、親戚中に覗きをされることになるのだが、諏訪と鹿島は知るよしもない。
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鹿島の過去話は100%捏造ですが、天照に仕えるまで色々大変だったんじゃないかなー…と勝手に考えてます。
この二人のくっつくきっかけになった話も書きたいです…。
以下、個人的設定。
因みにうちの八坂姐さんは諏訪より男らしい設定です。最初諏訪を傷付けた鹿島をよく思ってなかったのでお付き合い自体に反対してました。が、後に打ち解け合った二人に根負けして、お付き合いを許可。
現在一妻多夫…とはまた違いますがそんな感じです。というか八坂姐さんが男前すぎて、諏訪が嫁みたくなってるのが理想です。
なので鹿島が諏訪を泣かせると、八坂姐さんが本気で鹿島を殺しにかかるので危険です。なにはともあれうまくやってたらいいと思います!!
長くなりましたが、読んでくださりありがとうございました!!
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