「……いや。何でもない。


…俺はそろそろ戻る」


まだ困惑の色を残した表情のガイアに、少し上の空な表情でそう言葉を投げて、ロンクーは腰を上げる。
お前も早く戻れよ。そう続けて踵を返した彼は、ゆっくり歩き出した。



しかし





「…待ってくれ」



小さな声が鼓膜を叩いたと思ったら、不意に後ろから手首を掴まれて、ロンクーは足を止めた。




「…っ、…!?」


温かな手が、手首を包む。


手首を掴まれた、それだけなのに。


刹那、腕から心臓に強い電流が走ったかのように、胸がどくりと脈打った。
走り出した鼓動が、徐々に熱となり顔を侵食していく。


(…!なっ…なん…だ…?)


恐らく今の自分の顔はとてつもなく赤くなってるに違いない。
身体中がまるで心臓になってしまったかのように、どくんどくんと耳もとで鳴り続ける鼓動が煩い。
動けなくなって、思考が停止する。息が上手く吸えない。
こんな現象に襲われたのは、初めてだ。



「!…悪い」


硬直したロンクーに、ハッとしたような声を上げてガイアは手を離す。
いつも飄々としている彼にしては珍しい、狼狽えた声だった。


「…いや…」



吐息に乗せて、やっと弱々しく声を絞り出す。
…さぁっ…と頬を撫ぜる風が、少し冷たく感じて。


そこから暫く二人は互いに動かないまま、沈黙を守っていた。




ロンクーの心臓は未だ 煩く脈打っている。もうガイアに触れられていない腕は、まだじんわりと名残惜しい熱を保っていた。


「や、あの…。


いきなり引き留めて…悪かった…。
俺も一緒に戻ろうと、思ったから…」


ガイアが、漸く沈黙を破る。
よく見ればガイアの目は少し泳いでいる。
冷静沈着ないつもの彼は先程から何処へやらで。



「…そう、か。それは…構わないが…」


「ん…」



お互いに変にギクシャクして会話に間が多くなる。


しかし けして嫌ではなかった。


むしろもっと、ガイアと言葉を交わしていたい。そう思っていた。







日が徐々に沈み、夕闇に染まりつつある風景。
薄闇の中、二人の影法師が闇に塗り替えられていく。


そんな中で
少しだけ彼の顔を盗み見たら、よもぎ色の瞳とが合って、ロンクーは咄嗟に目を逸らした。










この煩い鼓動の原因は分からない。



けれど…この言い様のない気持ちに ロンクーは覚えがあった。






ロンクーがまだ貧民街にいた頃


自分に優しくしてくれた



光のような優しさをくれた…彼女に。



彼女の時もまた 同じ気持ちを抱いていたから。











(ケリー…。)

網膜に焼き付いたガイアの顔が、一瞬だけケリーと重なる。




共に居たかった。
共に笑っていたかった。





もうこんな気持ちは忘れた筈だったのに。



いや…忘れようとしてたのだ。



守れなかった無力な自分が嫌で仕方なくて。




「ガイア」



「…ん?」


帰るか。


前を向いたままそう静かに溢したら、ガイアはロンクーの隣に並んで、頷いて少し笑って見せた。


それは とても綺麗な…それでいて儚さが滲んだ笑みだった。





それを目に映した刹那 砂糖が水に溶けていくような、柔らかくて優しい感覚が胸を充たしていって、ひどくもどかしい気持ちに襲われた。


ガイアをもっと知りたい。


自然と浮上した気持ちに、自分でも驚いていた。
長い間人とあまり必要以上に関わろうとせず、距離を置いてきた己がこんな気持ちを持つなんて。

詳しくは自分でもよく分からないけれど、悪い気持ちは全くしなかったから。






先程よりも落ち着きを取り戻した心臓に安堵しつつ、ガイアに返すようにロンクーも少しだけ微笑む。



それを合図に、二人は一言も発せず…しかしながらとても和らいだ表情で野営地に向かってゆっくり歩きだした




―――…

ガイアと話すようになったきっかけは、この日の出来事が初めだったかもしれない。









しかしこの後 あまりにも二人の帰りが遅かったために、心配したリズにこっぴどく叱られる羽目になったのは いい思い出である。



















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支部とかだとロンガイはドロドロ系が割りと多いみたいですが、ピュアな二人もいいと思うんです!!よ!


取り敢えずきっかけ話でしたが、二人のキャラ掴めてないし 誰おま状態で誠にすみません…
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