小説 | ナノ
 
いつも通りのある日のこと君は突然立ち上がり言った。


「今夜星見に行かへん?」


―君の知らないモノガタリ―






「ほんと、志摩もたまには良いこと言うよな〜」


「せやねぇ」


「せやな。珍しく奥村には賛同するわ」


「ちょっ…!ひっっどいわぁ奥村くんのみならず坊と子猫さんまで…」



志摩のいきなりの星を見に行くという提案に、祓魔塾の面々は全員同意して今に至る。
メフィストも「学園内ならいいでしょう」と夜に出歩く許可を下ろしてくれた。


まぁ学園内とはいえ、一応念のため雪男にも付いてきて貰っていた。彼も今は皆と同じ私服でいる。
こうしていると雪男も年相応の一人の男子生徒に見え、心なしかいつもより表情も柔らかいように伺えた。だがそれは服装のせいだけではないだろう。学生と塾講師と祓魔師をこなしている15歳とは思えない彼にとっては、こうした同年代の人物と授業以外で過ごすなどなかなか無いことだろうし、いい息抜きになっているのかも知れない。
人の感情の変化に敏感な燐は、弟の様子に気付き、そっと微笑んだ後また話の輪に入っていった。


「なんだよ、誉めてんだぞ」


「複雑や…!」


明かりもない道を馬鹿みたいにはしゃいで皆で歩いた。それぞれが抱える孤独や不安に押し潰されないように。



魔は闇の者とはいえ、燐は夜の闇が好きではなかった。
闇は孤独感や不安感を増幅させる。
一人きりの夜なんかは余計に怖い。自分のことさえもわからなくなって、自分が自分じゃなくなるような錯覚を覚えて。
だから…こうして皆で馬鹿言って笑っているだけで心が軽くなる気がして嬉しくて、いつもは嫌いな闇も気にならなかった。





「…わぁ!神木さん!!見て!星、流れ星だよっ」



そうして小さな丘までたどり着いたとき、突如しえみがぱあっと顔を明るくして空を見上げた。
それに釣られ、皆も空を見上げ、感嘆の声を洩らす。

真っ暗な世界から見上げた夜空は、まるで星が降るようで。


「綺麗…」


「すげぇ…!」


「こないぎょうさんの星、見たの初めてですわ」


「僕もです」



「そうでっしゃろ〜。
寮からこの丘見ててピンと来たんですわ」


誇らしげに言って、丘に腰を下ろした志摩に、皆も座って星を眺め始める。
しかし燐だけ、志摩の後ろで立ち尽くしていた。隣に座ってもいいものなのだろうか…。だんだんと血が上ってきて熱くなる顔を手で必死に扇いでいたら彼が不意に振り返る。
志摩は未だ傍で立っている燐に笑いかけると、自分の隣を とんとん掌で叩いた。


「そんなとこに立ってへんで奥村くんも、座りぃ」


(…え…)


暗闇でも分かるほどのピンクの髪が風に揺れ、細められた琥珀色の瞳は星の光を吸って神秘的に反射する。
拒否権など、燐には見当たらず、まるで吸い寄せられるように隣に座るといい子いい子〜などと笑いながら彼は空に目を向けた。
燐はどくんどくんと一向に高鳴りの止まない心臓に堪えつつ、空を見る振りをして志摩の横顔を見つめる。



…あぁ…いつからだろう。


志摩の事を、追いかける自分がいた。彼の表情や一挙一動に、いちいち惹かれて。
明るい笑顔を向けられる度に胸が高鳴り、痛くなる。


(なぁ…志摩…。こんなこと、言ったらお前は驚くかな…)


驚かないでこの想いを聞いてほしい。

「 」

しかし想いは声になることはなく、口から軽く吐息が出ただけに終わり、夜の風に掻き消されていった。
幸い彼は気付いてないようで、ほっとするのと同時に今の自分を殴りたくなった。いつも言いたいことなんか直ぐに言えるのに、彼の前ではまるでブレーキをかけられたみたいに言いたいことすら満足に言うことができない。
俯きかけた燐の隣で、志摩が「あ!」と突如声を上げた。


「奥村くん奥村くん!あれ見てや夏の大三角」


空を見たまま楽しげに星を指差す志摩。
咄嗟に顔を上げ首を傾げてみせた燐に志摩は、知らんの?ときょとんとした顔をした。



「あれがデネブ、こっちがアルタイルでこれがベガ。ベガとアルタイルて織姫と彦星のことなんやって」


「へぇ…」


覚えて空を見る。
志摩の指差していた場所を辿って。
やっと織姫を見つけた。けれど彦星がどこにあるのか分からない。
視線は、ベガで止まってしまった。


(…これじゃあ…独りぼっちだ)



「志摩くん、あの星なんだか蝶々の形に見えません?」

「えぇえ!?ちょ…止めててぇな若先生〜!そない言われたら恐ろしくて星見れませんわ…!」

「あー、ほんまや。蝶やな」

「坊んんん!!」

「駄目だよみんな!」

「…!杜山さ…」

「雪ちゃんと勝呂くん間違ってる。あれ、トンボだよっ」

「ぇえええ!!なんでレベル上がっとるんんん!?」

「あ、ごめんね志摩くん…」

「え、ええよええよ〜。杜山さんのその天然なとこ嫌いやないわ」




(……。)
はは、とふにゃっと笑う志摩に対し「ええんや杜山さん、もっと言うたれ」なんて彼を小突きながら言う勝呂。それに「坊酷っ!」と突っ込む志摩。
一つ隣に座る、楽しげに皆と話す彼に燐は何も言えなかった。


(…そうだよ、な…。

志摩は皆に優しいんだ…。
俺だけが特別なんじゃない…)


そう。
本当はずっと彼のことをどこかで分かっていた。彼は燐だけに優しいのではない。皆に優しい。分かっていた、自分だけが特別じゃないなんてこと位。

分かっていた…つもりだった、のに、もやもやした気持ちはどんどんでかくなっていく。

自分以外に笑いかけたり親しげに話している彼を見る度、だんだん此方から遠ざかっていく気がして。


やっと見つかったこの気持ちは、彼に届きはしないのだろう。
そう思ったら目の奥が熱くなって咄嗟に上を向いた。涙を堪えるように空を見上げたのに、映る夜空に切なさは膨らんだだけで。
燐は拳を胸にぎゅっと押し当てた。


(泣いちゃ…だめだ)

そういい聞かせて。











強がる自分は臆病で…
ずっと、興味がないふりをしていたけれど。

志摩に優しくされるほど、笑顔を向けられるほど、胸を刺す痛さは日に日に増していく。ずっと疑問だったけれど、やっと気付いた。

…あぁ、そうか。これが好きになるってことなんだなって。














―……

結局、想いは心にしまいこんだまま、吐き出されることはなかった。
ベッドに丸くなったまま、眉根を寄せた燐はシーツを皺になるほど握りしめる。
窓から覗く三日月が、まるで自分を嘲笑っているかのように見えて、逃げるように目をぎゅっと瞑った。



(…どうしたい?言ってごらん。)
心の声がする。


(志摩の…隣がいい)


でも…
(志摩は人間で、俺は…悪魔…)
真実は、残酷。


何故志摩なのだろう。
自分は彼の隣にいる資格なんてないのに。
好きにならなければ…こんな想いをせずにすんだのに。

(俺は…最初から、志摩の隣に居るべきじゃなかったのかもしれない)

頭でそう考えたって、もう一つの心が、違う。本当は一緒にいたい。
そう叫ぶ。きっと、自分にとってはどちらも正しくてどちらも間違いなんだろう。

だからこそ苦しい。痛くて、辛い。
いつの間にか溢れ出た涙は 静かに枕を濡らした。







そして、運命もまた…優しくはなかった。
自分に下されたのは、15歳にしては重すぎる2文字の言葉…―処刑。
一瞬で世界の音が止まった気がして。
そんな時でも脳裏に蘇ったのは、やはり志摩の明るい笑顔だった。



「し、ま…」


たった「好き」という言葉さえも。
言わなかった…言えなかった。
胸を占めたのは死ぬことの怖さではなく、想いを告げることの出来なかった自分への後悔の念。
もう楽しかったあの日には二度と戻れないんだと…そう考えたら視界は徐々に歪んでいった。
頬を伝う感覚に、あぁ。自分は泣いているのだとぼんやり認識する。
目を閉じれば、今でも思い出せる。煌めく星空も彼の楽しげな笑顔も皆の顔も。


「なぁ…志摩…」



俺さ…ずっと…――


……―



「奥村…くんが…処刑…」


耳を疑った。
皆は愕然とした面持ちで、それは此方も同じ。
けれどどこかで、現実味を感じられない自分もいた。そう、彼が死ぬわけないと。
こんなときまで冷静な自分に自嘲する。


(なぁ…嘘やろ?奥村くん…)


いつもみたいに、へらっと笑いながら戻ってくんのやろ…?
ほんで、死なねーよ。俺強いし、って言うて帰ってくるんやろ…?




杜山さんが、皆が、奥村くんを助けよう言うてる。
けれど俺は 奥村くんの事実から目をそらそうとしてた。
俺のことを、友達だと…そう言ってくれた彼を助けることを躊躇っていた。


何故躊躇う。
ヴァチカンを敵に回すのが怖いから?
それとも、また誰かが何とかしてくれると どこかで思っているからか。
…あぁ、そうだ。



…結局俺は…自分が可愛いんやないか。







気付いていた。
彼が俺に向けていた想いに。
気付いていたのに。
ずっと…面倒臭い感情から目を瞑って彼の気持ちから目を逸らしてた。
そうすれば、今と変わらないずっと同じ関係で居られる。そうしてたほうが楽だからと…そう思っていた。
そして今、自分はそんな彼の事実から目を背け、無かったこととして処理しようとしている。




(…。
ぁあ、奥村くん…俺は…


最低な人間やなぁ…。)



燐を助けに走り出したメンバーの後ろ姿を、志摩は拳をぎゅうっと握りながら痛いくらい唇を噛みしめて立ち尽くす。
明陀とか後悔とか…自分にはよく分からない。
面倒ごとが嫌いな自分はいつだって周りに合わせて流されるまま生きてきたから。
だから考えたことだって無かった。

けれど、燐をもし失ったら…そう考えたら
胸にぽっかりと穴が空いたみたく空虚な気持ちで満たされている自分がいるのも事実。
しかし同時に厄介事に足を突っ込みたくない心も働いて板挟みになる感情に志摩はギリギリと歯を食い縛り瞳を固く閉じる。
己をこんなにも嫌になったのは生まれて初めてかもしれない。



「…ぁあもう!!メンドくさぁ…っ」


やっと絞り出した言葉は、それは彼を助けに行くことに対してか。
いや、煮え切らない自分自身に対して向けた言葉だったのかもしれない。顔を上げた彼の瞳はもう揺らぐことなく、真っ直ぐな決意に満ちた瞳へと変わっていた。

志摩は、強く地面を蹴ると皆の後に続き、走り出した。


―…奥村くん。

俺、ずっと…好きやったよ。
怒った顔も、笑った顔も、全部全部。
大好きやった。
…ほんま…おかしいなぁ。
わかっとったのに。

君の知らない俺だけの秘密。
この曇天の夜を越えて会いに行くから、


だから




助かったらその時は、こんな俺をまたあの無邪気な顔で、カッコ悪いって笑って。

それで、また皆で星を見に行こう。
あの日みたく馬鹿みたいにはしゃごう。

(な?…燐)





―……


「志摩…。いや、
…廉造、俺…ずっと」



―すきだったよ



一人笑った燐の頬を伝う雫は音も立てず静かに地に落ちて。

独房の中告げられた愛の言葉は、けして相手に届くことはなく…反響して暗い闇に溶けていく。












閉じた瞼の裏映ったのは、無邪気な声で夏の夜空を指差す思い出の中の志摩の姿だった。
















すきだったよ
(さようなら)









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