小説 | ナノ
 
あなたと私。近くて遠い





アナタとの、距離











チュンチュンと、雀の軽やかな音色とともにまだ薄暗いベッドの中で 肩ほどある黒髪の少女―燐がもぞりと動き、傍らで喚くアラームを手に取ると、素早くスイッチを止めた。


「朝かぁ…」


ベッドから起きて、裸足のままペタペタとカーテンまで歩いていき、バッ!と一気に開いて 朝日を身体いっぱいに浴び 背伸びをした。


「さって…朝飯つくらなきゃ…」


…いや その前に。


「廉造…起こさないと」



廉造とは、この家に住んでいる男性の名前だ。
中学2年の初めに父であった藤本を不慮の事故で無くした燐は親戚の家をたらい回しにされたのち、藤本の京都の友人の息子であった志摩廉造に引き取られた。
廉造は美容師という職業柄、髪をピンクがかった茶色に染めている。最初はその事を知らなくて なんてチャラチャラした男なのだろうと見掛けと、へらへらした心理が読めない笑顔に警戒ばかりしていたものだったが、話してみたら、全然印象とは違って。


警戒していた燐を優しく抱き締めて「辛かったな…」と声をかけてくれた。
その言葉に父の面影を見て、今まで堪えていた想いがどっと碩を切ったごとく溢れだして、みっともなく大泣きしたのは 今でもよく覚えている。父の前以外で泣いたなんて初めてだったから。


それから一年、廉造とは生活を続けている。最初こそは「志摩」と呼んでいたが、今となっては廉造と呼んでいる。
朝と夜の食事から弁当作りは燐が担当することが決まりになっているので朝は早い。
燐は素早く着替えと洗顔、歯磨きを済ませた後、廉造の部屋に走って行き、まだ眠りの国の住人である彼を揺さぶって起こした。


「れーんぞー!起きて!朝だぞ!」


「ふみゃ…。燐?」


「早く起きないと遅刻するぞ!!」


「え…?


…やば、もうこんな時間かいな!」



寝ぼけ眼(まなこ)だった廉造の琥珀色の目は一気に丸くなる。
ベッドから起きたのを確認して、燐は弁当と朝食を作るために階下に降りていった。





(全く…廉造は私がいないとだめなんだから…。)


ふふ、と燐の口元が無意識に緩む。
ヘタレだし。寝坊助だし。
けれど辛いときや悲しい時はいつも一緒に寄り添ってくれて…そんな廉造が嫌いではなくて、燐はむしろ大好きだった。
彼が居なければ、出会わなければきっと自分は 心を閉ざしたまま後ろ向きに生きて、日向に無理矢理植えられた花のように枯れてしまっていただろう。



廉造のことは好きだ。
頼りになるし優しい…。けれどこの「好き」は廉造と一緒にいるごとに、段々違う意味を孕み、胸の奥深くで膨らみ始めていた。
燐だって、14の少女。
25の男性と一緒に居れば、そういった感情だって生まれるのは自然なことだ。
けれど肝心の廉造はと言えば 思春期まっさかりの少女と暮らしてるというのに、そんな感情を欠片も抱いていないようで。
当たり前と言えば当たり前…なのだが、期待してしまっている自分が居るだけに、少し残念でもあった。



「って…なに考えてんだか…。」


頭をぶんぶん振ってごちゃごちゃした思考を他所に投げ、さっさと朝食と弁当作りにかかることにした。






――


「おふぁよーはーん…」


「もう廉造!!来るの遅い!早く食べるぞ!遅刻遅刻」


「はいはーい」


欠伸をしながら居間に降りてきた廉造に一喝して、燐も椅子に座る。


「「いただきます」」



二人で他愛もない話をしながら朝食を食べる。
燐はこの時間が好きだった。
特別じゃない、二人で話す、この毎朝の時間が。
けれど、今日はどうしても訊きたいことがあって、燐は箸を止めた。


「…ね、廉造。……いきなりだけど…質問、していい?」


「…?なんや?」


味噌汁に口をつけようとしていた廉造は 目をぱちくりさせて首を傾げた。



「あの…。気分悪くしたら…ごめん…。


廉造って…その…結婚とか…考えたことないの?」


おそるおそる気になっていたことを訊いてみた。

ずっと気になっていた。
廉造は美容師と言ってもプロの美容師だし、ルックスだって悪くないし、優しいし。
モテない訳がないのに、結婚とか彼女とかの話を全く聞いたことがなくて。

それはもしかして、自分がいるからなのではないかと…燐は内心ずっと気にしていた。
自分の存在が廉造の重荷になっているのではないのかと。


「…ふふ、なんやねん。朝から深刻そーな顔しおってる思たら、そんなこと考えてたん?」


「…ふぇ…?」


廉造のふにゃりとした笑顔に、つい拍子抜けした声が出た。



「燐、もしかして…俺が結婚せぇへんのは自分のせいや思てたん?」


「!!…だって…」


「あんな、燐。燐を引き取るて決めたんは俺やで。燐が自立するまで、俺は結婚は考えとらん。今は結婚よりも、燐との時間が大切やからな」


「れ、廉造…」



優しい言葉。
優しい笑顔。
廉造はこんなにも自分との時間を大切に思ってくれているのに、色々疑っていた自分が恥ずかしくて、燐は俯いた。


「せやから、気にせんでええんよ。燐はなーんも悪くない」


長い腕が伸びて、燐の頭をくしゃりと大きな掌が撫ぜる。




「燐…。俺は燐のことが大切やし、大好きやで」




温かい 大きな掌。
大好きなのは燐も同じだけれど。



(ねぇ…廉造…。
私の大好きは…違う大好きだって知ったら…)







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