小説 | ナノ
 
12月の上旬。
吐く息が真っ白になるほどの寒さに、下校途中だった志摩と燐は身を震わせた。
地面には霜が出来ていてうっすらと白い。


「はぁ…さんむいわぁ…」


「…だなぁ…」


まだ秋かと思っていたらあっという間に冬だ。一年とはなんとも早いものである。なんて燐は高校生らしからぬことを頭の隅で考えながら空を仰げば綺麗なスカイブルーが見下ろしていて、寒さを一層に増さしていた。
燐は息を1つ吐くと、所在投げにぷらぷらしていた志摩の手を握った。
が、直ぐに手を離してしまう。


「う、わ!冷た!」


「当たり前やん、手袋無いんやもん。…あ、この近くに自販機あるし、なんか温かいもん飲もか?」


「え、まじ!?廉造の奢り?」


「…はいはい、奢りですよーっと」


奢りの言葉に反応してきらきら瞳を輝かせて言う燐に、現金やなぁなんて苦笑しながらも、そういうとこが可愛いだなんて思ってしまう自分も居るわけで。つまりは志摩は燐に甘いのだ。



先を行けばいつもの小さな公園と、入り口付近に自販機があった。
志摩は自販機で燐の分のホットココアと自分の分を買うと、燐に渡した。燐はココアが好きなのを知っているからだ。


「どーぞ、燐」


「お、ココアだ!流石廉造!わかってるーぅ!」


缶を両手で大事そうに包んで頬を擦り付ける燐が可愛いくて「どぉいたしまして」と笑みを溢し、何処かに座ろうか、と志摩は冷たい手で燐の手を引いて、二人して公園の中のベンチに座った。


「……なぁ…」


「…ん?」


「…ココア…うまいな…」


「…せやね」


「きっと…廉造と一緒だからだな」


ココアを一口口に運び、燐は笑みとともに溢した。


「はは…せやなぁ、俺も燐と一緒やと…めっちゃ美味しいわぁ」


寒いけれど、胸の奥はほっこりと温かい。
空いてる手を燐の缶を持ってない手に重ねたら、冷たいけれど 肌と肌が触れ合う感覚が心地好くて、目を細める。燐も同じなのか、くすくすと笑った。もう一度スカイブルーの空を仰いだら さっきとはまた違って見えた。
燐も志摩につられるように上を向く。



暫くの間、二人はそうしてして空を仰ぎ、沈黙が続く。

…と、突如燐が「あ」と小さく声を溢してココアを置いてベンチから立ち上がると、宙に手を伸ばして、何かを両手でつつみこむような仕草をした。


「燐ー?どしたん?」


「え?あぁ、雪虫捕まえたんだ!ほら!」


嬉々とした表情で志摩に手の中身を見せた燐に 志摩は一気に青ざめた。
ショックで危うく持っていたココアを落とすとこであった。


「ぞえぇええ!!?やややめてぇな燐!怖い!!しまってやあぁあああ!」


「えー。可愛いじゃん」


「どこがや!白いし羽あるしその白いもっさもさキモチワルイ…」


「はぁ…。んとに志摩かっこわりーなぁ」


不服そうに言って、ふぅっ…と息を雪虫に吹き掛けると、雪虫は空へと舞い上がり空に溶けていった。
それを見届けると志摩は安堵のため息をつき肩を竦める。本当に志摩の虫嫌いには困ったものだなぁ、なんて心中で呟きながら燐はベンチに再度腰をおろした。


「京都にも居るんよなぁ…雪虫」


「…あ、そうなのか?」


「せやでぇ。…雪虫飛ぶっちゅーことはそろそろ雪が降るんかいなぁ」


「あー、そうだなぁ…」


僅かにぬるくなってしまったココアを全て煽り 燐は空缶をゴミ箱に投げ捨てた。
志摩も飲み終わり 缶を捨てる。


「んー…寒。そろそろ帰りはる?」


ベンチから立ち上がりかけた廉造だったが、緩く制服を掴む燐の手に阻止されて、きょとんとした顔をした。



「あ、も…もう少しだけいようぜ」


「ほぇっ…?」


「お…俺がまだ居てぇんだ…廉造と。」


(な…っ…)


燐がぼそぼそと言い、俯きながら制服を掴んで離さない彼。いきなりそんなことを言うものだから、不意討ちすぎて廉造の一気に体温が上昇する。どくん、どくんと心臓が煩くて この熱を何処かにやってしまいたいと思った。


「…えぇよ…。じゃ、も少しいよか」


優しい声音で言って、燐の冬風になぶられて冷たくなった黒髪に指ですいてやる。


その優しい手に安堵感を覚え、燐は緩く頷いてからなんだか変に恥ずかしくなって顔を下に向けた。
廉造の表情を直視出来そうに無かったから。きっと見えないけれど頭の上ではきっと、
燐の一番弱い、優しい笑みを浮かべているんだろう。
いつもはヘタレで虫にびびるわでカッコ悪いくせに こういうときの廉造はかっこよくて、なんだか…狡い。
優しいその手に、身を委ねたくなってしまう。


「…あ」


髪をすきながら空を眺めていた廉造は、小さな声を洩らす。何かと燐も顔を上げれば、空から はらり はらりと 花びらのように優雅に、しかし儚い白が、風に揺られながら空から舞い降りていた。


「雪…」


「せやねぇ。…なんや花びら…みたいやなぁ」

「花びら…」


燐が手を空に伸ばせば、ふわりの掌に落ち…しかしすぐに溶けて消える。

冬に散る花びらとは、なんと切ないものだろうか。



「―…



冬ながら 空より花の ちりくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ…。」


「…ぇっ…?」


突如廉造が口にした句に燐が不思議そうにそちらを見れば、彼はいつもの笑みでふにゃりと笑った。


「今日、授業で習ったやん。…誰の句なんか忘れてもうたけど、なんや綺麗な句やなぁ思てな…」


確かに、そんな句を今日習った気がする。半分寝ていたため、断片的にしか覚えていないが。


「冬なのに、空から花が舞い散ってきた。雲の向こうは春なんじゃないだろうか。…て意味なんやて。」


昔の人も、おんなじこと考えてはったんやなぁ…と廉造は溢して、燐と同じように雪に手を伸ばす。


「そう…だな」


空の向こうが春だと言われると、儚い色を纏った雪が、少し違ってみえる。
寄りかかるようにして廉造の肩に頭を預けると、廉造は一瞬驚いたような顔をして、しかし直ぐに燐の頭に己の頭をくっ付け、安堵の表情を浮かべた。




「でも……

俺にとっての春は、隣にいるよ…」


ヘタレで、カッコ悪いけれどかっこよくて、いつも優しくて温かい、彼がいる。
いつの間にか溢れ出た言葉は、廉造の耳に届いていたようだった。


「ちょ…燐っ〜。それって俺の頭がピンクやからとかあらへんよな?」


「さ…どっちかな」


「えぇっ燐ーっ」









廉造がいれば、冬も寒くないかな…なんてな。






















(へっくしゅ!)


(うわゎゎ!燐っ寒そうやんか!早よ帰ろ)


(ぅ…。やっぱ…寒いもんは寒い…)









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