小説 | ナノ
 
それは突然に。



―夏




「燐くんて、音楽とか…興味あるん?」


恋人である金造の部屋で寝転びながら雑誌を読んで寛ぎ中だった燐は、意識を雑誌から飛んできたテノールへと切り替えて顔を上げ、声の方向へと向けた。
目線を移せば、金造はなにやらCDの類を整理しているようだった。


「…ん?まぁ…普通に聴くけど…」


それがどうしたのか。なんて疑問符を浮かべた燐に、金造は無駄にキラキラした笑みを向けてきたのだ。
そしていきなり此方に歩いてくると、金造は笑顔をそのままに 燐へこう告げた。


「俺な、実はバンドやってんねん。


…今度ライブあるんやけど、もしよかったら、見に来てくれへんやろか」


と、いきなり差し出された一枚のチケットに、燐はきょとんとしてしまう。


「…へ?…バンド…?」



チケットを受け取ってまじまじと見る燐に、「せや、俺はボーカルやねん。ま…趣味でやってるんけどな」と頬を人差し指で掻きながら、鷲色の瞳を照れくさそうに細める金造。
彼がバンドをやっていることを知らなかった燐は暫くチケットとにらめっこをしていたが、やがて金造に、にこっと笑みを向けて見せた。


「バンドとかすげーな…!かっけーじゃん!

分かった、行く。ぜってー行くよ。…金造さんの歌聴いてみたいし」


言えば金造は一瞬目を丸くしてから頬をうっすらと朱に染め、「ほか、…ありがとぉ」と
親に誉められた子供のような、無邪気な笑顔を浮かべたのだった。



…――



当日、
道に迷わないようにね、兄さん。と雪男の心配するような台詞を背に受けながら いってきます。と燐は寮を出て会場へと足を進めた。




会場は思いの外広く人も沢山いて、燐はそわそわしながら人混みに入る。
浮いてないだろうか、とか早く始まらないかな、と混ざり会う気持ちが心拍数を徐々に上げていく。
周りを見れば既に周りは人で埋め尽くされていて、燐は 金造のバンドの人気に半ば驚きつつ、ステージに目を移す。
知らなかった。まさかこんな凄い場所に立っていたなんて。
燐が知っている金造は、祓魔師として、恋人としての彼だけで。
だから、今日のライブには胸を踊らせていたのだ。




と…
突如会場が真っ暗になり、ステージがパッと桃色と金色のライトに照らされる。

そして現れた金造、その他メンバーに周りから一斉に歓声が上がった。
周りの迫力に気圧されながら燐はライトに照らされた金造を瞳に捉える。
桃色のライトを浴びてきらきら輝く金髪がとても美しかった。

『皆ー!!今日は来てくれてほんまありがとぉ!最後まで楽しんでってやー!!!』


ステージ上で輝かしい程の笑顔を振り撒く彼はまるで別人で、燐は胸のあたりをぎゅ…と押さえながらも、目が離せなかった。

彼がこんなに沢山の人に愛されているのだと思うと、恋人として誇りだし、嬉しい。…けれど同時に、ここにいる人々が自分の知らない金造を知っているのかと思うと複雑な気分だった。


『じゃーいくで!』





ギターが激しい音を奏で始めて、燐は曲が始まったのと同時に我に帰る。


金造のテノールが紡ぐ言葉が歌に絡み、美しい旋律となって燐の鼓膜を震わせ、頭の中が甘い響きで満たされる。
彼の歌は、声も歌詞も、何もかもが優しく、心に染みこんでくるようで、しかし力強さも併せ持っている。燐は聴きながら酔いしれていた。



歌を聞いているうちに此方まで楽しくて、幸せな気分になって、気づけば燐も笑顔で口ずさんでしまっていて。

聴き入っていた燐は音楽が止んでも現実に戻るまで暫くかかってしまったが、周りから歓声が聴こえてやっと、ああ 終わったのかと燐は息を吐いた。



その後も曲は続き、金造やメンバーの人々のトークを挟んだりしながらライブは次第に盛り上がりを見せていった。





…―
…時間はあっという間で、もうライブ終了間近となった。



『みんな!今日は楽しくでくれたかー!?』

金造が叫ぶと、観客がそれに負けないくらいの返事を返す。
と、金造はマイクを持ち直し、観客をぐるりと見渡した。


『…実はな!!今日は特別に新曲をちょーっとだけ披露しようと思うてるんや!


…この曲は、今このライブに来てくれてる俺の大事で…大好きな人のために作った歌やねん』



燐は目を丸くした。
周りの女の子達が、誰誰?とキョロキョロしているのを見て、顔に熱が集まるのを感じ、燐は俯く。まぁ、まさかその相手が燐だとは彼女らも思わないだろうが。
こういった場所で盛大に言う辺り流石は彼だなぁ、なんて感心さえ覚えてしまう。
金造は笑顔のまま続けた。


『聴こえとるか…?君のために、この曲を捧げる…"プロビンティア"』



優しいギター音から伴奏が始まり、金造のビブラートが会場を包み込む。
優しさを見せた音色はだんだんと激しくなっていく。
燐の胸が、どくん…どくんと音を立てた。



鼠色の空 ざわめく不可思議なheart
君を守るって決めたのに 僕はちっぽけで
ただ儚い君を抱き締めたい それだけだった
だけど ねぇ 君はただ笑うから
抱き締めることが許されないならせめて僕の側にいて それだけでいい


何度だって何度だって叫ぶよ 愛してる
巡り会えた 奇跡壊さぬように
そっとにぎりしめた
転んだっていいんじゃない 傷だらけになっても 君と居れるそれでいいと
青い灯火に融けてしまいそうになる
improve love with you


晴れた空 まだ足りないみたい empty heart
君が いないだけでなんで hard heart
強がりな君とはよくぶつかったりして
涙なんか見たくないのに 結果はいつも逆で
共にいることが許されなくても 僕は君の手を離しはしない 信じて



(I love)

何度だって何度だって叫ぶよ愛してる
きっと何度でも 巡り会うだろう
奇跡が告げてる
転んだっていいんじゃない ただ愛してる
君との未来が僕の望む永遠
さぁ 青い灯火に融けてしまおう
etarnal love With you




手を伸ばして…
君と僕だけのプロビンティア








歌い終わった金造が手の甲で汗を拭い、笑みを浮かべる。上がった歓声に、ありがとう!!と金造が返す。


燐は曲が終わっても、痛いほどに高鳴る鼓動を押さえられなかった。
凄まじい迫力と、優しさが同時に伝わってきて、同時に胸の中が熱い何かで満たされるような、初めて感じる感覚。

魂が奮える…ってこんな感じなのだろうか。

ぼんやりと思いながら、金造のライブ終了の挨拶を意識の遠くで聞いていた。




…――


ライブが終わり、燐は金造にメールを送った。
一緒に帰ろう、なんて色気も可愛さもない文を打って。


送って、パタンと携帯を閉じて近くの壁にもたれ掛かる。夜とはいえ、夏。僅かに感じる蒸し暑さに シャツの胸元に指を入れてパタパタと扇いだ


もっと近くで彼に触れたい…なんて思ったなんて、金造には言えないな、なんて夏の暑さとは違う火照りを逃がすように燐は軽く息を吐く。

ステージという遠い場所に立っていた彼はかっこよくて…でも燐は少し寂しさも感じていた。いつも自分だけが独占出来る声も優しさも、ライブでは燐が一番ではない。皆が一番なのだ。
ライブに来て初めて恋人の遠さを実感する。


俯いた燐は、ぷす。といきなり頬に指を刺されたのに気付くのに数秒かかってしまった。顔を上げれば、暗闇の中で優しく微笑んで此方を見ている金造の姿。
走ってきたのか、僅かに息が乱れていた。


「りーんー」


「…、き、金造さん」


「ありがとぉな、今日来てくれて」


「…うん、金造さんめちゃくちゃかっこよかったぜ!」


「そかそか、良かったわ!…ま、金造様にかかればこんなもんや」


あぁ…安心する。さっきまで感じてた寂しさが嘘みたいに溶けていく。
彼の声を聞くだけで、笑顔が自分に向けられてるだけでこんなにも満たされる。



(…早く…触れたい…)



気付けば燐は金造に腕を回して、胸に顔を埋めていた。
溶け合うような温かさが心地よくて、胸にすり…と顔を擦り付ける。
微かに香水のような香りと汗の匂いが鼻を掠めた。


「り…燐…くん?」


「…ごめん…。少し…こうしてて、いいかな…」


言ってすがるように腕に力をこめた。
珍しく甘える燐に、金造は しゃーないなぁと笑って燐を抱き締めてやりながら鼻先を柔らかい黒髪に擦り付けた。












お互いの奏でる鼓動が混ざりあって、燐は安堵に満ちる感覚に満足するように目をゆっくり閉じた。












君とのプロビンティア

…貴方との永遠が私の幸せ。







(今日の燐くんは甘えたさんやなぁ…。一段とかいらしわぁ)

(…っ…か、可愛い言うなっ…)









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