小説 | ナノ
 
ある有名音楽番組の生放送中…


今日は燐がリーダーを務めるアイドルグループ、Mosstの新曲をスタジオで披露することになっている。
Mosstとはデビューしてからここ半年の間にトップに上り詰めた人気実力派アイドルグループで、リーダーの奥村燐を筆頭に、奥村雪男、三輪子猫丸、勝呂竜士、志摩廉造、宝の7人で結成されており、グループ名は全員の名字の頭の部分を取ってMosstとなっている。oが一つ少ないのは奥村が二人いるためだ。


他のアーティストの曲が終わるのを見届け、燐の緊張がマックスに近くなり、手汗が滲む。男性司会者とトークをしながら 燐は内心かなり緊張していた。


「次はMosstさんの新曲披露ですねー。なんでも今回はリーダーの燐さんではなく志摩さんが作詞担当したとか?」


「はい、そうなんです。な?廉造」


燐が隣に座っている廉造に話しかける。


「ええ〜そうなんです。今回は恋人に対する気持ち入れたりとかシンデレラっぽい曲にしたいと思いまして、それを目指して書きました」


「そうなんですか!因みにこの曲は志摩さん作曲とのことですが、志摩さん、今恋人はいらっしゃるんですか?」


「えっ、秘密でーす!」


廉造がへらっと笑うと会場から笑いが起きた

「気になる発言ですねぇ。…ではそろそろ、Mosstの皆さん準備お願いします」



「「「はい」」」



椅子から各々立ち上がって準備にうつる。




カメラに写らない所で、燐は震えるマイクを持つ手をぎゅっと反対の手で握った。

皆の前で歌うのは初めてな訳じゃないのに毎度のことながら緊張してしまう。しかも今回は新曲とあってかなりのプレッシャーだ。…失敗するのが怖い。心臓の動きが早くなって息が苦しい。
この日のために猛練習してきたというのに情けないな、なんてため息をつく。


落ち着かせようと息を吸ったり吐いたりするが一向に緊張は解けない。いつもは楽になるのに。
どうしよう、胸が早鐘のように打って痛い、頭が酸欠になりかけてくらくらしてきた。


それを見逃さなかった廉造は、彼にゆっくり近づくと 震える手にそっと自らの手を重ねた。ハッとして廉造を見上げる燐に 廉造は琥珀色の瞳を細め、にこりと微笑んで見せる。



「大丈夫や、燐」


「れん…ぞ…」


「大丈夫…」


魔法の呪文ように穏やかに呟かれた、大丈夫という言葉。
甘さを帯びた彼の声が鼓膜を震わせ、いっぱいに頭を占める。気づけば手の震えも、動悸も治まっていて 燐は自信に満ちた瞳で廉造を見詰め力強く頷いた。
そんな燐を、廉造は抱きしめたいという衝動に駆られそうになるが今は本番中。頭を出し掛けた欲を押さえ付けて、廉造は燐とステージに向かった。


「…燐、いこか」


「…うん」







ステージに立つと、7人の姿が青いライトに照らし出され、一気に7人の雰囲気が変わる。燐も先程とは別人のようにマイク片手に観客に微笑んでみせ、余裕の表情。ここからはもうアイドルとしての顔になっていた。
イントロのピアノが流れ始めると同時に7人がマイクを上げて歌い出す。
静かな曲だがヴァイオリンが絡み、切なさを際立たせる曲になっていた。



ありふれた言葉並べてみても
君はきっと捕まえられない(ah)
二兎を追うもの一兎も得ず?
僕だけを見て愛して欲しい
そんな僕は欲張りなのかな


時計が鳴ったら魔法は解ける
仮面が溶けたら キスをしよう
甘い鼓動 絡み合う
溶ける(溶ける)
囚われたら逃げられない


メルティ・レイン
降り注ぐよ 光散らして
メルティ・レイン
君がいなくちゃ枯れてしまう
たりない何度も何度も抱き締めたい
その声 笑顔メルティ・レイン


ありふれた言葉それ以上が欲しい
君はきっと笑うだろうな(ah)
一兎追ってたら一兎を見失った?
君だけを愛したいなんて
そんな僕は贅沢なのかな

12時過ぎたら魔法は解ける
偽りの言葉は無しにしよう
熱い指先 絡み合う
溶ける(溶ける)
囚われたら逃げられない


溶け出した想いは心濡らして
メルティ・レイン


6人が後方に下がり、燐が喉を震わせる。この部分はキーが高く最難関の場所だったが、燐は歌いこなしていた。彼のビブラートはいつ聴いても綺麗だ。本番中ながら廉造は恋人である燐についつい目が行ってしまう。

次のパートからは燐と廉造の二人だ。
廉造は前方に出ると、マイクを持つ燐と見つめ合う。


メルティ・レイン
降り注ぐよ 光散らして
メルティ・レイン
君がいなくちゃ枯れてしまう
愛してるって何度も何度も言って
その声 笑顔メルティ・レイン





静かに 溶け出し 想い 心 濡らした
メルティ・レイン



綺麗に二人の声がハモり、ライトが消え、観客の歓声がスタジオを包みこむ。
無事に歌い切ったことに安心した燐は緊張の糸が切れたのか、ふっと倒れかけたが、廉造と雪男に支えられた。


「ぁ、燐…大丈夫です?」


「…兄さん、大丈夫?」


「ん…おぉ」


「燐、無理すんなよ!」


「せやで」


「燐くん…大丈夫です?」

勝呂や子猫丸、宝も駆け寄ってくる。燐は微笑んで 大丈夫だ、と口にして、ステージを降りた。





…――

無事に収録も終わり、控え室に戻りながら談笑して廊下を歩いていたメンバーは、向こうから歩いてきた先程の収録で一緒だった二人組先輩ユニットとすれ違う。7人が頭を下げると、二人はすれ違い様に 嘲るような笑みを浮かべて燐を見た。


「あーぁ。リーダーの燐くんはあんな下らない歌歌って、よくも人気アイドル語ってられるよなぁ。最近調子のってんじゃねぇの?」

「Mosstなんてどーせ歌がちょっと上手いだけの顔だけアイドルだろ?…ま、コイツらもこんな奴がリーダーで可哀想になぁ。アッハハハ…」


その言葉に、廉造は頭を下げたまま、ギリ…と歯を食い縛る。
自分たちの人気が落ちてきてるからといって、なんて奴等だ。Mosstのメンバーを侮辱されたのも腹が立ったが、何より許せなかったのはリーダーへの酷い言い様だった。
リーダーである燐がどんなに努力しているか知らないで。
彼はかなりの努力家だ。歌うことに命をかけている。けれどもどんなに努力をしたって、その頑張りをけして表には出さない。
アイドルになるために、歌もダンスも血の滲むような練習を重ね 人よりも何倍も苦労してきた燐のことを知らないで、燐を悪く言われるのは心外だった。それは皆も同じようで、拳を握りしめて耐えていた。
ふと燐を見ると、彼は頭を下げながら肩を震わせて拳が真っ白になる位ぎゅっと握っていた。
きっと悔しいに違いない。青の瞳に張った水の膜が今にも零れそうな程 揺れていたから。


それを見たら、廉造の中の何かがキレて、気づけば先輩である二人に怒鳴っていた。


「あんたらなぁ……勝手に言わしとけばなんやねん!先輩だかなんや知らんけどな…つまらん妬みで燐くんや皆悪く言うんはゆるさへんで!

…燐くんはダンスやって歌やってあんたらの倍も練習しとんねん。忙しいスケジュール詰めて1日あんま寝ないで何時間も歌やダンス練習して、トレーニングも欠かせないからってジム行ったりもして…」


「れ…廉造、俺は気にしてないから…」


燐が慌てて廉造を止めるが火のついた彼は納得がいかないようで先輩二人を鋭く睨み付けたまま。
あちらも、燐の練習量に驚いたようで、吃驚したような表情を浮かべていた。


「せやかて…燐…」


「いいから。


…すみませんでした、先輩の仰る通りです。歌もトークもまだまだそちらには及ばないのに調子にのってたのかも知れません。ご注意ありがとうございました」



深く頭を下げた燐に、先輩二人は顔を少ししかめた後、舌打ちをして去っていった。


「……燐」


「…兄さん…」


「な、なーに皆暗い顔してんだよ!気にすんなって!…さ、早く着替えて帰ろうぜ」


にこっと笑って見せた燐に皆複雑そうな顔をするが、何も言うことが出来なかった。
平気そうに振る舞っているが、一番辛いのは燐のはずだ。彼が皆に心配させまいと、辛そうな顔をしないようにしているのを、皆分かっているだけに、尚更口にするのは躊躇われたのだ。



…――


帰り道で勝呂や雪男に、明日は遅刻するなといつものように言われながら燐と志摩以外は途中で別れる。…燐は志摩の家で現在同棲をしているからだ。二人はアイドルとしてデビューする前から付き合っていて、これはメンバー全員が知っていることなので、今更介入してくるものは居ない。
…まぁ、とはいえ燐の弟である過保護な雪男は今でも時たま突っかかっては来るが。




燐は志摩の家に着くなり、彼のベッドにダイブして、廉造の香りのする枕に頬を寄せて瞼を閉じる。
この時間が、唯一アイドルではなく奥村燐として、素の自分に戻れる瞬間だった。
リーダーという手前、普段、メンバーには弱い所は見せられない。弟の雪男にさえもだ。皆に心配はかけたくないという精神がそうさせていた。けれど廉造の前では素の自分でいることを燐は約束したから、こうしてさらけ出している。
実際この方が燐には楽で、安心さえ覚えていた。



「燐、お疲れさん」


「ぅん…」


もぞ、と燐が寝転がった状態で身動いで廉造に顔だけを向ける。
廉造もベッドに座ると、燐の柔らかい猫っ毛をくしゃりと撫ぜてやった。
廉造は手を動かしながら、すっと目を伏せる。



「…燐、また溜め込んでるやろ。悪い癖やで…」

「…んな…こと……ない……」


「そない泣きそうな目して…何言ってはるの燐」


燐の隣に寝転んで、静かに言い放った廉造は燐の瞳を覗きこんだ。部屋の時計は既に12時を指していて、カチカチという秒を刻む音だけが部屋に響く。
廉造は目を逸らそうとする燐の、頬にそっと手を添えて燐と向き合う。
湖畔のように穏やかな琥珀色の瞳に燐は眉根をきゅ、と寄せた。


「…っ…」


「…。

"12時過ぎたら魔法は解ける。…偽りの言葉は無しにしよう"」


間を開けてから、新曲の歌詞のワンフレーズをぽつりと呟いた志摩に、燐は目を丸くして唇を震わせる。


そしてその言葉に押されたように、刹那、燐の瞳から涙が溢れ出た。


「…っ…ぅ…」


「……正直に言うて、燐…。本当はあない言われて滅茶苦茶悔しかったんやろ…?」


「…、………ふ、ぅ……っ……」


最初は堪えるように唇を噛みしめていた燐だったが、次第に嗚咽を洩らしながらしゃくりあげ、鳴き始める。
廉造が抱き寄せると、燐も彼の胸に顔を埋め、背中に腕を回してきて。
燐から止めどなく溢れ出る涙は廉造の服にじわりと染みを作っていく。


「っく…れん…ぞ…ごめん…っ…」


「なんで謝るん…」


「お…れの…せいでっ…みん…な、あんな風にっ……言われて…」


「何…言ってはるんや…。燐が謝る必要ない」

「…で…もっ…」


「…燐は俺らにとって欠かせん大切なリーダーや。」


途切れ途切れに言葉を口にする燐を、廉造は優しく、燐の頭を幼子をあやすように撫でてやる。

「俺も、皆も…燐がメンバーのこと大切に思うとるんも、陰で頑張っとるんも、歌うことが誰より好きなのも知っとるよ」


「…っぅ…れんっ……」


「……俺ら…燐の歌、好っきゃで。…やからあんな奴らの言うこと気にする必要ない」


何かを言いかけた燐の唇を優しく己のそれで塞いで 唇の隙間から舌を侵入させ、口付けを請う。
燐もそれを甘受すると委ねるように目を閉じ、舌を絡めて吸っては鼻から抜けるような切なげな甘い声を洩らして口付けを交わす。

時折どちらのとも分からない唾液をこくりと喉の奥に流しては、燐はすがるように廉造の唇吸い付いた。


「は……っ……ぁ…」


「燐………んっ…愛し、とうよ……」


「ふ、うっ…ぁ……ん」


仕上げに、ちゅる…っと舌を吸い、上顎を舐め上げると燐が頬を桜色に染めながら身体を震わせ、廉造に脚を絡めてきた。


「…ぁ…はぁ………はぁ…」


(…ほんま…燐かいらしわ…)









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