小説 | ナノ
 
…――


自室のベッドに腰かけて漫画を読んでいた廉造はふと雨音に気付き、意識を漫画から外へと切り替える。


(明日、晴れるかいな…)


漫画を置いてふと時計に目をやると、早いもので読み始めてからもう30分経っていた。
風呂に行った燐を遅いなー…などと思いながら所在無げに足をぶらぶらさせていると、ドアノブが回る音がして、次いでドアを開ける音。


「廉造ーっ、風呂サンキュー。ごめんな、先に入らせて貰っちまって」


「あ…おん…ええよええよ」


部屋に入ってきた燐はパジャマ姿で。
濡れて首筋やら額に張り付いた艶やかな黒髪やら、朱の差した白い頬やら、ふわ…と部屋に充満する柔らかなシャンプーのいい香りやら…何も不思議な光景ではないのに、いちいち早鐘をつくように高鳴る胸が憎らしい。

燐が隣に座って来ると、それはピークにまで達して。


二人きりになるのなんて初めてじゃないのに、全身の血液が脈打つ。息が上手く出来なくて顔が…熱い。


なんでだろう。
自分の鼓膜を叩く雨音に、別の世界にいる錯覚さえ感じてしまう。
いつもと違う雰囲気を纏った燐と、空間に廉造は囚われていた。





「ごめんな〜遅くなって。なんか風呂で半分寝ちまっててさ…。廉造は風呂入らねーの?」


「あぁ…俺は燐くんともう少し話したら入るわ」


何事もない風に装って笑う廉造に燐は一瞬目を丸くしてパチパチしばたいた。


「へ…。…う、うん」


照れたように笑って、頷いた燐。

無防備で無垢で真っ白な笑顔。
抱き締めたくなる程にそれは可愛いけれど、



けれど



兄達の名前が口から出される度に嫌で嫌でしょうがない。それが…その笑顔が金造や柔造にも向けられるのかと思うと急に心の中が、すー…と冷めていく感覚がして、どろどろした真っ黒な感情が頭を支配し始めて。
そんな廉造の心中など知りもしない燐は相変わらず無防備なまま。


「燐くん…うち気に入った…?」


「え、ああ!すげー気に入った!柔造さんも金造さんも優しいよな!また来てほしい言ってくれてさ!」


罠で餌をちらつかせれば、簡単に食いついた。単純すぎる程に単純だ。
彼は分かっていない。
周りの男がどんな目で自分を見ているか。
彼は分かっていない。
獣の牙をむき出しにした男の本性を。







「 燐 」


名前を呼んでベッドに押し倒せば 燐はどうしたのだと目を白黒させて、困惑した色を表情滲ませ廉造を見上げた。


「れ……ん………?」


渡したくない。
他の男に触れてほしくない…無防備な姿を晒してほしくない…。
胸の中がどろどろした黒いものでいっぱいになって、苦しくて、嫌で、目眩がして、気持ちが悪い。


廉造の様子がおかしいことに流石の燐も気付いて逃れようとするが、首筋に歯を立てられ、手首を押さえられ、力が入らず身動きも取れず、唇を震わせて燐は廉造を見上げる。


「燐…燐…」


「…れっ、…れ、ぞっ……っ?!」


外の激しい、咽び鳴くような雨音が静かな部屋に響き渡る。
まるでビーズを地面ぶちまけたような煩い雨音は廉造を責めるようにどんどん強さを増して。


その音に押されるように廉造の目の奥が熱くなって、気付けばそれは燐の頬を濡らしていた。


(…あれ…燐……泣いとんの…?)




あぁ、違う。
これは…自分の涙だ。
止めたいのに止められなくて、溢れ出た涙はぽたぽたと静かに燐に降り注ぐ。




燐は、ふっと瞳に宿した光を和らげると、志摩の首に腕を回して優しく口づけた。
あまりにもそれは優しくて、廉造は驚いて、涙に霞む瞳を廉造へと向けた。
刹那目に写ったのは綺麗な青みがかった瞳。


「ごめんな…廉造…。


…もしかして…寂しかったのか…?」


「燐……っ…」


「……俺は、……



いつも恥ずかしくて言えねーけど…。廉造のこと、好きだよ。…ちゃんと、好きだよ…?」



耳元で優しく囁かれる声に、胸の中が酷く安心感で満たされて、自分を先程まで覆いつくしていた黒い感情は涙と共に溶けてしまっていた。
そうだ。
きっと…自分はこの一言が欲しかったのだ。
ただ一言、好きなんだと言って欲しかったのだ。


好きだなんて言葉に出してもらわなければ伝わらないのか、なんて自分はなんて女々しいのか。と廉造は自分に吐いて 燐をぎゅっと抱き締めた。


「……れん…ぞ…??」


「堪忍え…燐…。俺…勝手に…妬いて…馬鹿みたいやな…。ほんま堪忍…」


くぐもった自分の声が耳に響く。
先程まで心をざわつかせ、掻き乱すように煩かった雨音も、いつの間にやら心地よくさえ感じてきていた。

燐は 気にしなくていいんだ。と言うように廉造を抱き締め返す。



今の廉造には、それだけで十分だった。



「燐……あと、少しだけ…こうさして…?」



彼のぬくもりが側にあるだけで、こんなにも安心するから。
燐は黙って頷いてくれて、廉造は目を閉じて燐の鼓動を暫し感じていた。




















ただ君を 愛してる


だからせめて今はこのままで









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