「うわ、寒っ……」
暖房の効いた暖かい教室から出ると、すぐに冷たい空気が私を襲った。もう春が近付いているというのに、息を吐き出すと真っ白に染まる。まだまだ寒い季節。
……そうだというのに今日、私は防寒対策ノーである。布団という名の誘惑に負けちゃったもんだから、遅刻しそうになって慌てて家を飛び出した。その所為でいつもは巻いてくるマフラーを忘れてしまったのだ。まあ自業自得だから何とも言えないんだけど。
氷帝学園の立派な門をくぐろうとしたところで、後ろの方から私の大好きな声が聞こえた。
「……夕姫?」
「…へ?」
「おおっ、やっぱ夕姫か!ちょっと見ねえ間に髪伸びたよな?一瞬誰だか分かんなかったぜ」
後ろから私を呼んだのは、幼なじみで私の大好きな宍戸亮だった。
最近あんまり会っていなかったから、なんだか緊張してしまう。でもそれ以上に、亮に声をかけてもらえたっていうのが嬉しい。
「おまえ、そんな格好で寒くねえのか?」
「寒いよ!でも、朝急いでたからマフラー忘れちゃったの」
なるべく平静を装って話す。
「寝坊かよ?」
「ち、違うもん。てゆーか亮こそ見た感じ寒そうだしっ」
「俺は部活終わったばっかで暑いんだよ。それに、鞄中マフラー入ってるし。そうだ、貸してやろっか?」
「え、いいよ。何か悪いし」
「これ、洗ってからまだ使ってねえぜ?」
亮はそう言いながら鞄の中からマフラーを取り出した。
「朝、登校するとき使ったんじゃないの?」
「何だよ、そんなに俺のが使いたくねえか。……朝は走って来たから巻いてなかったんだよ」
「寝坊?」
「違うっつの。おまえと一緒にすんな。ただ布団から出れなかっただけだ、あったかくて」
何それ、私と全く同じだし。
だけど、それがなんだか少し嬉しくなった。
「い!ちょ、いいってば!」
「んだよ、さみーんだろうが。おとなしく巻かれろ」
せっかく幸せ気分に耽っていたというのに、突然亮が強引に私の首にマフラーを巻いてきた。
「おまえが風邪ひいたら心配すんだろ」
「…誰が?」
「俺がだよ!わかれっ」
「!」
私は紅潮する頬を隠すように俯いた。マフラーからふわりと香る亮の匂いが、余計に私の頬を染める。
「り、亮は、誰にでもこういうことすんの?」
「…は?」
「だ、だから、誰にでも優しくするのかなって……思って…」
ちょっとまずいこと言っちゃったかな…?ちらりと亮の方を見てみる。すると、亮は頭をガシガシと掻いて、ため息をひとつついた。
「あのな…、俺が忍足とかみたいに誰にでも優しくすると思うか?」
「……出来ないと思う」
「…失礼だな、おまえ。出来ないわけじゃねーから!何とも思ってねえ奴に優しくする必要はねえと思ってるだけだ、俺は」
「う、う…ん……?」
「…わかってねえな」
ぼすっと亮の大きな手が私の頭の上に置かれる。何事かと思って目だけを亮に向けると、思いっきり目が合った。
「俺はおまえが好きだ」
「う…へ………?」
「おまえだからマフラーだって貸すし、心配だってすんだよ」
数秒見つめ合った末、亮は少し頬を赤くして「…ぶっちゃけすぎたな、あんま気にすんな」と呟いた。
私はというと、未だに頭が今の状況に追いついていなかった。えっと、亮が私のことを好きって言ったんだよね。幼なじみとしてじゃないよね。自惚れても、いいんだよね…?
帰るぞ、と私に背を向け歩き出す亮。私が自分の気持ちを伝えないと、亮のさっきの言葉がなかったことになる気がする。言わなきゃ……!
「亮っ!」
「……」
「私も亮のこと好きっ!だからっ、気にすんなって言われても困る!」
い、言えた…!
亮は私に背を向けたまま少しも動かない。私から見えるのは亮の広い背中と真っ赤に染まる耳だけ。
その耳が真っ赤なのは、寒さのせいじゃないよね?早くこっち向いてよ、亮。