「ふう、よかった」
4時間目の授業が長引いたから、私が購買に来る頃にはパンも売り切れてるかと思ったけど、まだ少し残っていた。私は頼まれてたパンと自分のパンの分のお金をおばちゃんに渡した。みんなもお腹空いてるだろうし、早く教室戻ろっと。
購買を出てグラウンドのそばを遅い足で無理矢理走る。私の教室から購買までは少し遠い。体力のない私は軽く走っただけでもう息切れ。
はあ、と息をついたときだった。足がもつれてそのままコンクリートにダイブした。どんくさいプラス両手はパンを抱えているから、受け身は出来ず。
「う……いたひ……」
私はそのまま暫く動けなかった。コンクリートは痛すぎる……。でも誰か来ちゃったら恥ずかしいし、笑われちゃうかもしれない。早く起きなくちゃ。
「あっ、あのー。大丈夫っすか?」
わっ、来ちゃった……。
もしかしてダイブしたところから見られてたのかな。最悪だ……。
「立てます?」
「え、あ……はい」
あれ、この人、私のこと笑わないんだ。私はよくドジして人に笑われてたのに、この人は本当に心配してくれてるんだ。
「うっわ、腕両方すりむけてますよ!膝もやばいっすね、痛いでしょ」
「……少しだけ」
「えっとハンカチハンカチ……今日はポケットに入れてきたんだよな〜……あ、あった」
「え、そんなのいいですっ!汚れちゃうじゃないですかっ」
「かまいませんって。血が出てるんすよ?」
「えっと、じゃあ……、ありがとうございます。買って返します」
「そんなのいいっすよ!あははっ、律儀っすねー」
笑われちゃった。
でもそれは屈託のない笑顔で、私の心をふわりと少しだけ揺らした。
「ちょっと俺のパン持っててくれません?」
「は、はい」
「……よっと」
「え、……っ!?」
わわわわわ、何をし出すのこの人は!こんなの恥ずかしいよっ!お、お姫様だっこなんてされる日が来るとは思わなかった。別にこの行為に特別な意味がなくても、これはドキドキしてしまう。は、早く降ろしてもらおう。
「あの、えっと大丈夫ですから降ろしてください!」
「保健室行くんすよね?」
「え?そうですけど……」
「大丈夫っすよ!距離も短いし、俺も一応男なんで落ちる心配はしなくてもいいっすよー」
……そういうわけじゃないんだけど。でも、どうしてだかこれ以上拒否することもはばかられて結局何も言えなかった。幸いなことに今はみんなお昼ご飯を食べているからか、グラウンド周辺には誰もいなくて、それが唯一の救いだった。こんなとこ見られたら恥ずかしくて死んじゃう。
「保健室到着!後は先生にみてもらってくださいっ」
「あ、ありがとうございました。あの、……クラスと名前教えてもらってもいいですか?」
「いっすよ!俺は2年3組の神尾アキラっす!そっちは?」
なんだ、同い年だったんだ。
「私は2年2組の竹中ゆずです」
「深司と同じクラスかー……つか同じ学年だったんだな」
「そうですね、私も驚きました」
「同じ歳なんだし、普通に話してくれていいんだぜ?俺もう普通だし」
「あ、ありがとう」
「んじゃ俺そろそろ戻るな」
「あ、神尾くん!パンっ」
「ああ!忘れるとこだったぜ」
私は両手に抱えたパンの中から神尾くんのパンをひとつずつ神尾くんに渡した。最後のメロンパンを渡すとき、私は間違えて自分のメロンパンを渡しそうになった。だめだだめだ、私のメロンパンはさっき転んだ所為でぺしゃんこになってるんだから。
「はい、メロンパンっとー」
「わ、ちょっと神尾くんそれぺしゃんこだからっ」
「こんなメロンパン食いたくねーだろ」
神尾くんはじゃあな、とだけ言ってぺしゃんこのメロンパンを持って行ってしまった。
「……神尾くんだってぺしゃんこなの、食べたくないでしょ……」
私の声は神尾くんには届かず、廊下を吹き抜ける風にかき消された。それと同時にさっきよりも大きく心が揺れているのに気付いた。